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怖い浮世絵展 [美術]

太田記念美術館
http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/exhibition/2016-kowai-ukiyoe

夏は妖怪だの幽霊だのを扱った展覧会が多いが、これもその一つ。
浮世絵の、妖怪、化け物、幽霊、それらが出てくる芝居絵、などを集めたもの。

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歌川国貞(三代豊国) 「見立三十六歌撰之内 藤原敏行朝臣 累の亡魂」
まずは幽霊。歌舞伎でもお馴染み、累。一瞬お岩さんかと思ったけど。祟りによって顔が変貌してしまった累。でも怖いより、ちょっと可笑しさも感じる。だいたい、浮世絵の幽霊や妖怪って、あんまり怖くない。

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歌川国貞(三代豊国)『東駅いろは日記』(三枚続)
こちらは妖怪。これもよく見る化け猫。このサイズで出てきたら怖いよな~。でもやっぱりユーモラス。

化け物妖怪のような想像上のものより、むしろ怖いのは人間。と言うのを描いたのが芳年らの血みどろ絵。

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月岡芳年「魁題百撰相 冷泉判官隆豊」
グロテスクというか、残虐性が強いがこういうのがはやった時代というのは何だったんだろうね。

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月岡芳年「西郷隆盛霊幽冥奉書」
これは血みどろ絵ではないが、西郷隆盛が死んだ後で描かれた絵で、建白書を差し出す西郷の顔は笑っているのか泣いているのか判然としない。実在の人物だけに、空恐ろしさがある。こんなの描いて、明治政府から睨まれなかったのだろうか。

江戸博の大妖怪展よりこちらの方が私は満足度が高かった。浮世絵にポイントが絞られてるからではあるけど。会期末近いがおすすめです。
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音の会 [舞台]

8月12日(金) 国立劇場小劇場

国立劇場歌舞伎音楽既成者研修発表会。
役者さんの研修所とは別に、長唄や義太夫など、文字通り古典芸能の「音」を担う人たちの研修所出身者の人たちの発表会。

長唄「舌出し三番叟」(しただしさんばそう)
巳勇次 巳志郞、巳佐、巳千雄

鳴物・長唄「寒行雪姿見-まかしょ-」(かんぎょうゆきのすがたみ)
傳三郎、傳四郎、佐吉郎、傳吉、佐次郎

長唄「鞘当」(さやあて)
三五郎、三之助、里松、和樹

前半は演奏だけ。邦楽を批評できる耳はないので申し訳ないが、踊りの伴奏と違って演奏だけを聴くとそれだけ粗も見え(聞こえ)る緊張感がある。先輩方の助演も仰ぎながら一生懸命演奏する姿を応援。

歌舞伎「摂州合邦辻」(せっしゅうがっぽうがつじ) 一幕
     合邦庵室の場
竹本:翔太夫、翔也、蔵太夫、繁二
鴈乃助の玉手、京蔵の俊徳丸、京妙の浅香姫、新蔵の合邦、由蔵のおとく、京純の奴入平

目当てはこの一幕。ヴェテランのお弟子さん役者たちが出ての義太夫狂言。
義太夫では翔太夫、翔也が伸び盛りを感じさせ、力強さもあって健闘。歌舞伎の竹本は、文楽以上に人手不足なので、本当に頑張ってほしい。

鴈乃助さんの玉手が素敵だった。綺麗だし、情も濃くて。もともと声の良い人でそれが義太夫の糸にちゃんと乗った台詞を聞かせてくれたのも良かった。浅香姫に「蹴殺すぞ」という気迫も、述懐の中で自分の血で俊徳丸を治せると知った「その嬉しさ」という表情の気高さも、藤十郎のをよく写してるなあと感心。

京蔵の珍しい立ち役俊徳丸がすっきり男前。
京妙浅香姫のかわゆらしいこと。
驚いたのが由蔵おとくで、話し方が宗之助そっくり。紀伊国屋の型なのか宗十郎をよく覚えてないけどじわじわきた。
新蔵の合邦も難しい老け役を手堅く務めていた。

普段脇役を務める実力派の役者さんたちが、芯を勤める貴重な機会。さすがに大幹部の華はないのだが、きっちりと水準の高い舞台に仕上がっていた。もっと皆さん活躍してほしいわ。
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翔之會 [舞台]

8月8日(月) 
国立能楽堂

今年で三回目。富十郎さんの長男鷹之資と長女の愛子の勉強会。

一、仕舞 杜若     中村鷹之資

一、長唄 汐汲  立方 渡邊愛 子

一、長唄 助六  立方 中村鷹之資

昨年は女形舞踊の「藤娘」に挑戦したが、今回は全て拵えなしの素踊り。
仕舞の「杜若」についてプログラムで鷹之資君は「お仕舞いで初めて女を勤めます(中略)今回の経験が、いずれ「船弁慶」の静をする時にとても重要になると信じて勤めます」。船弁慶と言えば、お父様の当たり役の一つ。いずれは勤めなくてはいけない演目。そういうことをちゃんと意識してやっているのが頼もしい。

お仕舞いでは謡も披露、昨年も感心したが朗々と良く声が出ていた。仕舞についてはよくわからないが、行儀良く丁寧に踊っていた。

愛子ちゃんもすっかり大きくなって、美少女に成長。汐汲みという恋する女性の踊りに挑戦。精一杯背伸びしてがんばってた。

長唄舞踊「助六」、端正で、すっきりとして見事。もちろん素踊り。小道具は傘だけの逃げの効かない踊りに真っ正面から取り組む姿勢にも感心した。

鷹之資君は今高2。後数年もしたら襲名の話も出てくるだろう。それを見据えて真面目にしっかり精進しているのが感じられて嬉しかった。もう声変わりは終わったのかしら。少しずつ歌舞伎の舞台の出演も増えてきているみたい。がんばってほしい。

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大妖怪展 [美術]

江戸東京博物館
http://yo-kai2016.com/index.html

土偶から妖怪ウォッチまで、と言ううたい文句が考えてみると既に怪しい。土偶は妖怪じゃない。まあ要するに、古くから日本に伝わる怪しい者、異世界のものを集めた展覧会、と言うことで。

始めは、看板通りの妖怪尽くし。北斎の天狗や、若冲の付喪神(可愛い!)、いろいろな百鬼夜行図が並ぶ。
絵巻など物語になったものもあって、中世既に妖怪が人々の身近にとらえられていたのがわかる。

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北斎「天狗図」
なんだか格好いい天狗。

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「姫国山海録」
漫画みたいで可愛い。

さらには幽霊図。このジャンルがはやるのは江戸時代以降。有名なのは応挙。足のない幽霊を描いたのは応挙が最初とか。

次は浮世絵(錦絵)に描かれた妖怪。お馴染みの国芳、国貞、芳年、暁斎らが並ぶ。数の上ではこのコーナーがいちばん充実していた。でも浮世絵展でよく見るので、初見はそう多くなかった。面白かったのは、国芳の「化物忠臣蔵」で、忠臣蔵の場面のいくつかを登場人物を妖怪に仕立ててあってユーモアたっぷり。

後半に行くと、妖怪から離れて、中世の地獄図や酒呑童子などが登場する。地獄の鬼や閻魔様を妖怪の系統に置くのはどうかとも思うけど。

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国宝「辟邪絵 神虫(へきじゃえ しんちゅう」平安~鎌倉時代
凄いですね。恐ろしいけど辟邪、すなわち邪悪な鬼類を辟け除くための図絵だという。巨大な虫のような生き物が、8本もある足で鬼を捕まえ、大きな口に次々と運んでいる。神虫は蠶(さん)の美称で、善神として早くからその霊異が知られていた、とか。どういう発想なんだろう。ど迫力!

最後に縄文時代の土偶。「縄文人の不安の造形化」とされていたけど、土偶は豊穣や多産を祈る祭祀的なものじゃないのかしら。

いちばんお終いはアニメの妖怪ウォッチも。これは現代も生み出される妖怪、と言うことかな。でも人寄せっぽくてワン・コーナーだけだったけど。

ちょっと、「妖怪」という言葉で括るのは苦しいものも多くて、どうなんだという気がしてしまったけど、作品一つずつは見て楽しい。あまりこだわらずに見ればいいのかも。

西洋では悪魔や天使はよく描かれるが、こういう妖怪めいたものはそんなに多く見ない気がする。異界のものを恐れつつも親しみを持つ日本人の特異さ面白さがわかる展覧会。
夏休み、子供連れで混んでます。

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研の會 [舞台]

8月7日(日) 国立劇場小劇場
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第二回。昨年は踊り二題だったが今年は芝居にも挑戦。

仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)
五段目 山崎街道鉄砲渡しの場
同     二つ玉の場 
六段目 与市兵衛内勘平切腹の場

早野勘平:尾上右近
お軽:中村米吉
千崎弥五郎:中村種之助
百姓与市兵衛:尾上菊十郎
母おかや:尾上菊三呂
判人源六:市村橘太郎
一文字屋お才:上村吉弥
斧定九郎/不破数右衛門:市川染五郎

右近の勘平は菊五郎さんのを良くなぞって、行儀良く。五段目では勘平の仇討ちに加わりたい必死さが良く出て、六段目自分が殺したのが舅と思い込んだところから最後まで動転する気持ち、申し訳なさ、おかるへの思い、悔しさなど丁寧に見せる。武士の心が根底にあり、かつ色男の性根を見せ上等。

米吉のおかるは色気もあり、なにより勘平が好き好きと言うのが見える。ただ時代世話より生世話な感じがするのが難しいところか。ふとしたときに時蔵に似て見えることがあり、血は争えないものだと。

染五郎、まず定九郎が何これ、格好いいんですけどっ!数右衛門はこの顔ぶれだとすっかりおじさん待遇(笑)なんだなあ、重みがあって立派。
種之助の弥五郎、勘平への友情があるからこそ、舅殺しと聞いての怒りがあり、切腹した勘平の無念さを誰より感じている熱さがあった。最後泣いてたような。
菊三呂のおかやがしっかり老け作りして上手い。婿への複雑な思い、疑念、怒りなどが良く出て、本公演でもいけそう。特に後半勘平をなじって責める辺り、意地悪役の上手い(失礼!)人らしく目が怖い。
吉弥のお才が花街のおかみらしい貫禄とさばけた様子、橘太郎がテンポ良く。

新歌舞伎十八番の内 船弁慶(ふなべんけい)

静御前/平知盛の霊:尾上右近
舟長三保太夫:中村種之助
源義経:中村鷹之資
亀井六郎:中村蝶十郎
片岡八郎:市川荒五郎
伊勢三郎:尾上音之助
駿河次郎:尾上音蔵
舟子:市村橘太郎
舟子:上村吉弥
武蔵坊弁慶:市川染五郎

右近の静は品があって美しい。能がかりで表情は大きく変えないが、義経と別れる悲しみで胸の内に溢れる涙が見えるよう。知盛が想像以上に力強く、特に花道の引っ込みは足取りの巧さもあって圧巻。息を飲んだ。

染五郎の弁慶がここでも貫禄。堂々として落ち着いていて立派。
鷹之資の義経、能のお稽古をしっかりやっているのがわかる台詞回し。顔もすっかり大人びて、動きの美しさも目を引いた。
種ちゃんの舟長、なんだか楽しそう。橘太郎に吉弥の舟子と共に生き生き。吉弥さんの髷姿なんてレアだわ。

右近君の強みは、踊りの上手さはもちろんだが、佇まいに気品があることだと思う。立ち役の発声に慣れていないのか、今日の楽では声が嗄れ気味だったのでここは鍛えてほしい。でも先月の女形の艶やかさも素晴らしく、これからどっち主体で行くのか気になるところ。上の世代もうかうかしていられない。

カテコでは「悔いはあります」と言いつつもやりおおせた充実感もある様子。「この悔いを埋めていつかは本公演でこの演目を」という力強い言葉に大きな拍手。おばちゃん、ちよっともらい泣き。
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ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち展 [美術]

国立新美術館
http://www.tbs.co.jp/venice2016/

ルネサンス美術というと、ボッティチェリやラファエロ、ダ・ヴィンチなどフィレンツェで花開いたような気がする。でももちろん、当時フィレンツェと同様繁栄していたヴェネツィアでももちろん文化の水準は高かった。その絵画を見せる展覧会というのは、考えてみると珍しいのかも。

ヴェネツィアのルネサンスは、フィレンツェより少し遅れて始まったそう。

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ジョヴァンニ・ベッリーニ
《聖母子(赤い智天使の聖母)》
初期を代表する画家がベッリーニ。中世絵画の跡を感じつつ、背景の風景と青空がルネサンス的。イエスの髪がふさふさなのが珍しい(?)頭だけの天使は智天使といって位が高いんだそう。でもちょっと不気味。

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ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
《受胎告知》
16世紀のヴェネツィアを代表するのがティツィアーノ。これは最晩年の大作。高さ4メートルを超す。ドラマチックな天使とマリアのポーズ。上へ上へと視線を誘う構図。
エル・グレコを思い起こしたのだが、それもそのはず、エル・グレコはティツィアーノに師事した(可能性が高い)らしい。

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ヤコポ・ティントレット(本名ヤコポ・ロブスティ)
《聖母被昇天》
ティツィアーノの後の世代を代表するのがこのティントレットとヴェロネーゼ、それにバッサーノ。
艶やかな色彩、動的な聖母のポーズなどが印象的。

こうして見てくると、同じイタリア・ルネサンスと言ってもフィレンツェ絵画とはずいぶん雰囲気が違うんだなあ。明るくて透明感があるフィレンツェに対し、重厚で落ち着いた色合いのヴェネツィア。むしろスペイン絵画やバロックに繋がる感じがするのも面白い。

宗教画が多いが、肖像画も面白い。フィレンツェとは服のデザインもなんとなく違うみたい。そういう違いを感じられたのが面白かった。比較的空いててゆっくり見られた。

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旅への憧れ、愛しの風景 [美術]

ホテルオークラ東京
http://www.hotelokura.co.jp/tokyo/events/art/

毎年この時期オークラで開催される「秘蔵の名品 アートコレクション展」。企業の所蔵品を集めて見せてくれるので、滅多にお目にかかれない作品が観られる。
今年のテーマは旅。画家たちが旅をして描いた作品を集めている。

小特集的に多かったのは東山魁夷。国内外多くの旅をした魁夷には風景画が多い。
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東山魁夷《スオミ》1963年
フィンランドの風景。魁夷らしいブルーの濃淡で清々しい景色が広がる。

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横山大観《砂丘に聳ゆ》1940年
大観と言えば富士、と言うくらいたくさんの富士を描いた人。これは「山十題」という連作の中の1枚で、墨絵のような富士と手前の最小限の色彩で描かれた海が端正な対比を見せて美しい。

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佐伯祐三《エッフェル塔の見える街角》1925年
洋画では佐伯祐三がパリの風景を。早世した祐三の情熱と言うより情念が感じられるようないささか重苦しさも感じる絵。

特集展示されていたのがアルベール・マルケ。ン?そんなに人気のある画家なのかしら。でも日本企業がこれだけコレクションしているとは。

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アルベール・マルケ《パリ、ルーブル河岸》1906年
さらさらとした淡泊な味わいが日本人好みなのかも。水彩画のような淡いタッチも。

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アルベール・マルケ《アルジェの港》1942年

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上村松園《菊の香》1945年頃
これはなんで今回出品されてたんだったか。説明があったけれど忘れてしまった。松園の絵は人気があるためか、この展覧会では毎年数枚見られるので、楽しみの一つ。

最後の特集では広重の東海道五十三次を全部。これは文句なしに旅の絵。広重はやっぱり楽しい。

あまり知られていない展覧会なのか、いつも空いていてもったいない。おすすめですよ。

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メアリー・カサット展 [美術]

横浜美術館
http://cassatt2016.jp/index.html

メアリー・カサット(1844-1926)はアメリカ生まれの女性画家。印象派の、この時代まだ少ない女性画家、と言う認識しかなかった。(実はアメリカ人というのも知らなかった)
裕福な家庭の生まれで、21歳で絵を勉強するためにパリに来て、サロンに入選、一時帰国の後また渡欧、イタリアやスペインにも滞在して先人の絵を勉強。

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「バルコニーにて」1873
二度目の渡欧の頃。題材もスペイン風で、ゴヤやマネの影響も感じる。カサットのこんな絵初めて見た。でも腕はもう確か。

その後サロンに不満を持っていたカサットはドガと知り合い、1879年第4回の印象派展に参加。

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「桟敷席にて」1878
劇場という場と言い、筆致と言い、ドガの雰囲気によく似ている。でもドガは男の観客は描いたが女は踊り子など見られる側がほとんどで、このように見る側の女性を描いたのがカサットの新しさ。

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「浜辺で遊ぶ子供達」1884
カサットと言えば母子像というイメージがあって、そうそうこういうのがカサットよね、と。早いタッチや色使いもドガの影響が感じられ、初期とはだいぶ違う。

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「沐浴する女性」1890-91
版画。この時代の画家のご多分に洩れず、カサットもジャポニズムの影響を受けた。これなどは浮世絵に倣ったのがよくわかる。でも浮世絵より夢二を思い起こさせる。また一方で沐浴する女性というテーマはドガもよく描いた。

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「眠たい子供を沐浴させる母親」1880
安心しきって母親に体をゆだねる子供。その子供を慈しむように抱きかかえて洗ってやる母親。母子の情愛が溢れる1枚。カサットの母子像は気取りがないのがいい。聖母子像や貴族の家族の肖像画ではなく、普通のどこにでもいる親子の日常が見えて親しみがわく。

カサット自身は生涯独身で自分の子供はいなかった。家族の子供だったり親しい友人がモデルだったり、もちろん依頼されたものもあったが、どれも画家とモデルの親しげな関係が想像できるよう。
裕福な家庭で育ち、経済的な苦労はしなかったのだろう、そのせいか絵から受ける印象も伸びやかで穏やか。

カサット本人の絵以外にも、ベルト・モリゾら同時代の女性画家の絵も見られる。おすすめ。

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松竹座七月大歌舞伎 昼の部 [舞台]

7月26日(火)

一、小さん金五郎(こさんきんごろう)
金屋橋の金五郎   鴈治郎
芸妓額の小さん   孝太郎
太鼓持六ツ八実は木津屋六三郎   亀鶴
芸妓大村屋のお糸   児太郎
奈良屋権左衛門    松之助
千草屋女房お縫    寿治郎
千草屋娘お崎    廣松
女髪結お鶴     吉弥
広瀬屋新十郎    錦之助

上方版の男伊達と女伊達の意地の張り合いが見所だが、鴈治郎も孝太郎も大阪風にこってりでもなく江戸前のすっきりとはなお遠く、いまいち掛け合いの面白さにも欠けて大笑いともいかずなんだかなあ、だった。話そのものははっきり言って適当で筋が面白いわけではないから、役者の愛嬌が命な演目。言ってはなんだが、鴈治郎にはこういうモテモテの男は難しい。
また女形陣が誰もちょっとヒステリックな感じでしゃべるのが苦手。役者が悪いんじゃなくて、そういう役なんだから仕方ないけど。

二、夕霧名残の正月(ゆうぎりなごりのしょうがつ)
由縁の月
藤屋伊左衛門   藤十郎
扇屋夕霧     芝雀改め雀右衛門
太鼓持鶴七    廣太郎
同  亀八     廣松
扇屋三郎兵衛    友右衛門
扇屋女房おふさ   秀太郎

よくかかる「吉田屋」と違って、これでは夕霧は亡くなっていて、その四十九日に伊左衛門が扇屋を訪ねてくると、夕霧の幻が現れる、と言う趣向。
雀右衛門の夕霧は儚くて本当に幻のようでいとおしい。「わしゃ、わずろうてなあ…」が聞けて感激。是非今度は吉田屋やってほしい。
藤十郎の伊左衛門が色気あって寂しげで、二人揃ってこの世のものでない夢のひととき。よくぞ付き合ってくださった。
こういう場に秀太郎が出てくるだけで、上方の茶屋の雰囲気が立ち上る。本当に貴重な存在。

三、与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)
木更津海岸見染の場
赤間別荘の場
源氏店の場
伊豆屋与三郎  仁左衛門
お富    芝雀改め雀右衛門
鳶頭金五郎    橋之助
番頭藤八    松之助
赤間源左衛門   團蔵
蝙蝠安    歌六
和泉屋多左衛門   梅玉

仁左様の与三郎は、そりゃもう現代見られる最高の完成品。前半のぼんぼんらしい身のこなしの中に清潔さと二枚目らしい色気が滲む。後半身を持ち崩しても、顔に傷があってもなおそれらが失われず、愛した女への思いが一時によみがえり、恨み言を言いながら慕情が募る、男の甘やかさ愛おしさ。

雀右衛門のお富、美しいがどこか薄幸な影をまとう新造。きっと与三郎が初めて本当に心惹かれた男。赤間別荘での恥じらいながらも、取った手を離すまいとする一途さ。源氏店では何不自由なくても満たされずに暮らす女のけだるさと、人生を諦めたようなやるせなさが、与三郎の登場で一気に目覚める女の性。

与三郎とお富、どちらも本当に惚れた最初の相手だったんだろう。籠の鳥だったお富はもちろん、放蕩して芸者遊びくらいやって良い女はたくさん見てきた与三郎にとってもお富は初めて心惹かれた女。そういう二人の実は色恋にうぶな感じが赤間別荘で凄く出ていた。許されない仲ゆえにいっそう燃え上がる。

源氏店で、蝙蝠安が先に家の中に入って話をしてる時、仁左様与三郎が外に立って石をちょっと蹴ったりしてる姿が「ぽつねん」と言うしかない孤独感があって、どこか上の空で、なんでこんなとこにいるのかな、って言う寂しさが漂っていてたまらんかった。

歌六の蝙蝠安、意外に(?)陽性。あまりねちねちせず、カラッとした強請なのが面白い。
橋之助の金五郎は江戸っ子らしいさっぱりした様子で似合う。
團蔵の源左衞門がそりゃー怖いのなんの。凶悪。こういう役やらせたら、團蔵さん最強、いや最凶。夜のお染の父と同じ人とは思えない(笑)。えらいなあ、役者って。
梅玉の多左衛門が懐の深い、もののわかった大人の風情。

音羽屋さん達も付き合った博多座に比べると、ややこぢんまりした座組だったが、昼夜仁左様に相手してもらって京屋さんの襲名披露としては充足。

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松竹座七月大歌舞伎 夜の部 [舞台]

7月24日(日) 大阪松竹座

これも雀右衛門襲名公演。博多座に続いて、藤十郎、仁左衛門らが顔を揃えて華を添えた。

一、鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)
菊畑
奴虎蔵実は源牛若丸    梅玉
奴智恵内実は吉岡鬼三太    橋之助
笠原湛海     亀鶴
申し次腰元白菊   宗生
皆鶴姫    孝太郎
吉岡鬼一法眼    歌六

梅玉が、前髪の若衆のお手本とも言うべき姿で見とれる。おっとりとした、それでいて凛々しい、清潔な色気がある。実年齢を忘れさせる芸の力にただただ感心。
歌六の法眼は得意の老け役。どっしりとして思慮深く、貫禄を見せてさすが。
橋之助の智恵内も、律義で忠義に篤い、きびきびとした奴の様子が似合う。
孝太郎の皆鶴姫は行儀良い中に芯の強さを見せる。

皆それぞれきちんとやっているのだが、でもそれ以上じゃないなあ、と言う舞台だった。不満というわけでもないが、相乗効果がないというか。

二、五代目中村雀右衛門襲名披露 口上(こうじょう)

芝雀改め雀右衛門
    幹部俳優出演

今月も藤十郎が仕切り。3月から続いてでている人もいてそれほど目新しい話はないが、鴈治郎が五代目雀右衛門と共に二代目ジャックを襲名していただくべくいそしんで参りましたが、先日無事襲名されました!みたいなこと言ってて吹いた。何をもってジャック襲名となったのか知りたい。しかもその後最後のお願い申し上げまするで盛大に噛んで、次の明石家さん笑わせたし。
それと、我當さんも列席されて不自由そうながらも口上を述べて下さったのがありがたい。そして進之介が介添えではなかろうが口上に並んでて驚き。進ちゃんの口上は中村座の勘九郎襲名の時ちょっと面白かったので期待したが、さすがに今回はおとなしく普通ね、と思ったら「ご支援ご声援」といった後で手を叩く仕種をして「…賜りますよう」と続けたのが面白かった。やっぱちょっと変やわ、あの人。(^_^;)

岡本綺堂 作
三、鳥辺山心中(とりべやましんじゅう)
菊地半九郎   仁左衛門
遊女お染     芝雀改め雀右衛門
坂田市之助   橋之助
仲居お雪    竹三郎
若党八介    松之助
お染父与兵衛   團蔵
坂田源三郎   鴈治郎
遊女お花   秀太郎

京が舞台のせいか、南座でよくかかる芝居のような気がする。仁左衛門で見るのは初めて。
仁左様の半九郎は江戸の旗本らしいすっきりとした男前で、まあこんな良い人がお客につくなんてお染ちゃんったら同輩でなくてもうらやましい。自分では無骨者、と言っているが、江戸の侍が京の都に上っての謙遜もあるし、市之助のように花街で遊ぶのに慣れきれず、それ故にお染だけを相方として居続けるような遊び方しかできないという意味だろう。そんな清潔感が滲む男だが、酒のせいもあって口論から同僚を斬ってしまう。そういう馬鹿さという点では仁左様は立派すぎるんだが、そんなことは吹っ飛ぶ二枚目振りと、綺堂の新歌舞伎の台詞を歌う口跡の美しさにただうっとり。

そして雀右衛門のお染めがまた可愛らしいこと。遊女になったばかりの、まだ恥じらいとあどけなささえが残る娘の純な可愛さ、半九郎をただの客としてでなく、心から慕って頼り切っている心細げな様子。着物の袂をいじったり握りしめたりする仕草でなんとも言えず言葉以上に心情が伝わってくる様子がそれは可愛らしかった。

橋之助の市之助はあんまり遊び慣れたという風ではないか。
鴈治郎の源三郎が生真面目で短気な若侍というのは逆の方が良くはなかったかと思うが、鴈治郎が仁左衛門相手に一歩も引かない血気盛んな様子を見せた。しかし、怒った仁左衛門はそれは怖くて、鴈治郎にちょっと同情(苦笑)。

秀太郎がお花で付き合う御馳走。いや~、濃いわ。先輩遊女の貫禄と色気たっぷり、つゆだく。
團蔵がお染の父で滋味を見せる。こういう役もやるんだなあ。幅の広い人だ。
    
岡村柿紅 作
四、芋掘長者(いもほりちょうじゃ)
芋掘藤五郎  橋之助
友達治六郎  錦之助
緑御前   児太郎
菟原左内   宗生
魁兵馬   種之助
松ヶ枝家後室   友右衛門

芋掘長者と言えば三津五郎の演し物で、踊りの名手の三津五郎が「踊れない」役をやるというのがミソだったが、もはやそういう面白味はなく、ただの喜劇として見るしかない。そんな感慨を持たずに見れば、十分楽しい。
橋之助という人は存外真面目な人かもしれず、意外と喜劇で笑わされた記憶があまりない。思えば喜劇は勘三郎が勤めていて、それを受けていたのが橋之助という立ち位置だったようにも思う。
橋之助の藤五郎は、変に可笑しさを出そうとせず、生真面目で一生懸命な男で、それがかえって可笑しいという様子が良かった。
錦之助の治六郎も友達思いの好い男。
児太郎のお姫様が品があって、でもお高くなくて最後一緒に芋掘り踊りしちゃうのが可愛い。

そして種ちゃんがもう可愛い可愛い。最初はおすましな様子が、藤五郎が踊るのを見て「なんじゃこりゃ」という不審げな顔が可愛すぎる。そして婿選びに負けてがっくり、それでも最後はみんなで踊って楽しそう。表情がくるくる変わって目がはなせな~い。(そして実はいちばんの踊り上手は種ちゃんでした、と)

心中ものの後の口直しにはぴったりで、良い打ち出し。

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