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秀山祭三月大歌舞伎・昼の部 [舞台]

3月19日(月)20日(火) 京都南座

毎年9月に歌舞伎座(今は演舞場)で行われている、初代吉右衛門にちなむ秀山祭が初めて京都でも行われることに。今年は又五郎と歌昇の襲名披露公演も兼ねており、華やかな興行となった。

一、元禄忠臣蔵(げんろくちゅうしんぐら)
  御浜御殿綱豊卿
徳川綱豊卿       愛之助               
富森助右衛門       錦之助                
中臈お喜世       壱太郎                
中臈お古宇       隼 人                
御祐筆江島       芝 雀                
新井勘解由       歌 六

愛之助の綱豊は浅草の花形で一度やっており二回目。仁左衛門に習ったであろう台詞はよく勉強していて安定している。が、如何せん次期将軍という大大名の風格貫禄に欠け、爽やか好青年の部屋住みの若様風。なので錦之助の助右衛門との決定的格差が見えず、始め上から助を弄んでいたのが逆に次第に追い詰められ思わず我を忘れるという面白さが見えにくい。
はじめの茶屋の場での酔態ももう一工夫欲しいところ。
一条大蔵卿同様、必死や一生懸命で見せられる芝居ではない難しさを痛感した。段々失って行くはずの余裕が初めからないのは辛い。助と対等に見えてはダメなんだ。助の役者が愛之助より若ければまた違っただろうが。

錦之助の助右衛門は熱血、無骨で不器用な武士を丁寧に演じていてまずまず。綱豊との台詞の応酬も見応えあり。ただこちらも愛之助同様、めいっぱいなので、愛之助を立てる余裕がないのが惜しい。
錦之助はどちらかと言えば助右衛門より綱豊のニンの人だと思うので、いつかこちらもやらせてあげたい。

壱太郎のお喜世が可憐。逸る助右衛門を必死で止める姿に健気さと覚悟が見えて上々。
芝雀の絵島に落ち着き、歌六の勘解由に貫禄があり、脇を固めた。

二、猩々(しょうじょう)
猩々       翫 雀                  
酒売り       種之助                   
猩々  種太郎改め歌 昇

どうせだったら翫雀じゃなく又五郎で親子三人で踊れば良かったのに、という気もしないではないが、まあそれはおいといて。
歌昇の猩々、もうお人形みたいに綺麗で可愛い。その上目つきがやけに色っぽいのなんの。恐るべき21歳。いやしかし、猩々にそんなに色気いらんと思いますが……。踊りも端正で行儀良い。
翫雀もさすがに安定した踊りで魅せた。
歌昇の弟種之助も、丁寧で行儀良くしっかりと。

  一谷嫩軍記
三、熊谷陣屋(くまがいじんや)
熊谷次郎直実       吉右衛門                  
源義経  歌 昇改め又五郎                  
堤軍次  種太郎改め歌 昇                  
藤の方       壱太郎                 
亀井六郎       種之助                 
片岡八郎       米 吉                 
伊勢三郎       隼 人                 
駿河次郎       吉之助               
梶原平次景高       由次郎                   
相模       芝 雀        
白毫弥陀六実は弥平兵衛宗清       歌 六

吉右衛門の熊谷についてはこのブログでも何度も書いているのでもう言う事はないくらい。とにかく播磨屋さんの熊谷は深い。厳しくて孤独で、でも息子への愛も相模への申し訳のなささえも感じさせた。恐らくは出家しても埋められない心の闇をも思わせた幕切れに圧倒され言葉を失う。

ひとつ今回前と変わった気がするのは、相模のクドキを見る表情、前は厳しく「わかってるな、取り乱して変なこと言うなよ」って言ってるみたいだったが、今回は厳しいのは同じでも相模に「許せ、わかってくれ」と詫びながら心の中で一緒に泣いてるようだった。あの表情にいちばん感動した。

芝雀の相模もしっとりした品と母らしい優しさがあり上々。息子の首を抱いてのクドキが哀れさがありながら、必死で自分を抑える苦しさを見せて切なく泣かせる。でもそういう場面でもやり過ぎないのがこの人らしく美しい。

壱太郎の藤の方も大健闘。敦盛の母には見えないが(苦笑)、帝の寵愛を受けた女性らしい上品さを見せた。
歌六弥陀六は風格。老武士の気骨ある様子が立派でさすがに大きい。

又五郎の義経は、大将の華やかさや色気が不足するのは否めないが、台詞の良さで十分補う。「爺よ、堅固であったか」とにっこりするところの愛嬌の良さに感心した。

それにしても義経が出家した直実に「母や父の菩提も弔ってくれ」と言うが、よもや自分もすぐに後を追って弔われることになろうとは、この時の義経は想像だにしなかったろう。そういうことも感じさせる深い無常感に満ちた作品であることよ。

などと思いながら幕切れの見せ場、熊谷の「十六年は一昔」に、よよと泣きそうになっていたとき「おじいさんそっくり!」って大向こうをかけた大馬鹿がいた。それも絶対初代見てるはずない若いやつ。ほんっとに腹が立って石投げてぶん殴って首締めてやろうかと思ったわ。頼むから変な大向こう掛けるの、本当にやめて欲しい。
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