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秀山祭九月大歌舞伎・夜の部 [舞台]

9月25日(日) 歌舞伎座

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妹背山婦女庭訓
一、吉野川(よしのがわ)
大判事清澄   吉右衛門
久我之助    染五郎
腰元桔梗    梅枝
腰元小菊    萬太郎
雛鳥    菊之助
太宰後室定高   玉三郎

両花道を使うため、なかなか上演されない義太夫狂言の名作。8年ぶりの上演、しかも吉右衛門、玉三郎という大顔合わせが実現して、観る前から否が応でも期待が高まる。が、期待を遙かに上回る素晴らしい舞台だった。
舞台中央を流れる川を挟んで建つ二つの屋敷で話は進行する。ある時は片方ずつ、そして両家が対話をする。改めて凄い舞台装置を考えたものだと感心する。

前半はまず若い二人の恋人が、川に隔たれ、また親の確執に阻まれ、逢えない嘆きを見せる。
だが物語が動き出すのは、親たちがやってきてから。

花道を歩む播磨屋大判事のそうろうとした姿に胸が潰れそう。定高に声を掛けられ我に返って心を隠して強さを装う。「(息子の首を討つまでのこと)しれたこと」という言葉に滲む虚しさ。 定高は定高で「大事なのは娘だけ」と言い放つ胸の内の暗さ。 お互いに「相手の子だけは」と思いつつ。

定高の言葉に苦渋の表情を浮かべながらも、うわべは強い言葉を返す大判事。しかし目は虚ろで、定高ももっと近くであの顔を見れば、大判事の真意を察しただろう。そしてそれは逆も同じ。隔てる川のなんと深く広いことか。

妹山では母と娘、背山では父と息子が対峙する。
玉三郎は感情を押し殺し、娘に入内せよと告げるが、ひな人形の首が落ちてからは激情を露わにする。持っていき方がややもすると現代風になりがちなのがこの人の特徴で、特に義太夫狂言の大時代で行く播磨屋と齟齬も生じるのだが、二人が力技で持っていった感がある。

定高が雛鳥の首を雛飾りの駕籠に乗せる前に愛おしげに抱きしめる。そして播磨屋大判事が雛鳥の頭をなでる。久我之助の横に置いた後、そして水杯をさせた後。愛おしそうに、大事そうに。確かに嫁を受け取ったと。千穐万歳と声張り上げての祝言。泣けて泣けて。

他の義太夫狂言の父が忠義のための身替わりや正義のために子を手に掛けるのに比べ、大判事はもちろん入鹿に反抗するのではあるけれど、むしろ生かしておいても拷問にあって殺されるのだからここで切腹させる方が息子の為、と言うのが他と大きく違う。

大判事は鎌足の忠臣でもないし、入鹿に面と向かって抵抗するほどの大人物でもない。どころか鎌足と繋がっている息子に狼狽している。息子は息子で父の真意を測りかねている。この段はそういう父子がやっとわかり合う、手を取り合い、息子の死を持って父が覚悟を極める。そういう話なのかもしれない。

そう思うのは、播磨屋の大判事がいつになく弱さをさらけ出しながら、父としての愛情に溢れて見えるから。忠義というものにすがれない中で、守るために殺すという極限状態の父の慟哭が、台詞回しから視線一つ、無骨な手の動きにまで見えるから。

久我之助の背に回した手の暖かさ、雛鳥の首をなでる手の優しさ、そのぬくもりがこちらにも伝わるようで、ただただ泣けてしまう。 偉大とか立派とかでない、親の情愛の深さ、政情に翻弄される運命の非情さに子の死をもってしか立ち向かえない慟哭。 そういう辛さを隠さない、今月の播磨屋の大判事。

最後の息子への「倅清舟承れ」からのまさしく絶唱ともいえる台詞に溢れる愛情と悲痛、二人の首を抱えた表情に見える怒りと悲しみ、ただ言葉を失って涙涙。

菊之助の雛鳥は、月初は思い入れが薄く見えて、この頃立ち役も多いせいかもうこういうお姫様は似合わないなあと思ったが、後半には久我之助へ恋い焦がれる様子、自分は死んでもといういじらしさを掘り下げて見せた。
染五郎はすっきりと美しく、まだ前髪ながらも諸事わきまえたできる若者。後半は腹切った後ずっと伏した姿勢で大変だが、よく耐えた。

梅枝と萬太郎の腰元もよかった。特に萬ちゃんが重い舞台の息抜きみたいになってて、でも行儀は良くやりすぎずにできてたのがえらい。 最後に雛鳥の首を流し終えて、二人が堪えきれずに逃げるように駆け去っていく姿に姫への思いが見えるようで切なかった。

竹本も素晴らしかった。背山が葵、慎治、妹山が愛、淳一郎。文楽の本行も両山の風の違いがあるがそれを踏まえた熱演で義太夫狂言の素晴らしさを堪能。

ただただこの舞台を見られたことに感謝、見せてくださった役者はもとより竹本の皆さんにも感謝申し上げたい。


眠駱駝物語
二、らくだ
紙屑買久六  染五郎
手斧目半次  松緑
駱駝の馬吉  亀寿
半次妹おやす  米吉
家主佐兵衛   歌六
家主女房おいく  東蔵

前半は一方的にしゃべりまくる松緑半次と受けの染五郎久六。それが酒が入ると久六の人が変わって攻守逆転、と言うのが見所の芝居だが、松緑は江戸っ子の遊び人らしい活きの良い様子でまくし立てるが、もうちょっと間の取り方に工夫がほしい気が。なんというか、一本調子で、だんだん聞いていて疲れてくる。
染五郎の方も、吉野川で疲れてるのか、あまり調子が乗ってこず、松緑といまいちかみ合わない。いやそれが狙いなのかもしれないが。最後の酒を飲んでからも、なんだかやけっぱちみたいで。
もう少し、工夫がほしかったし、もっと面白くできたはずなのになあ、とは思いながらもそこそこ笑ったけど。

亀寿のらくだの死体が、ちゃんと死体なのにめっぽう可笑しい。松緑にずいぶん手荒な扱いを受けながら(!)、死体の振りしながら踊ってるし。幕切れでは、完全に一人で立って踊ってて爆笑。

三、元禄花見踊(げんろくはなみおどり)
元禄の女   玉三郎
元禄の男   亀三郎
         亀寿
         歌昇
         萬太郎
         隼人
         吉之助改め吉之丞  
元禄の女   梅枝
         種之助
         米吉
         児太郎
         芝のぶ
         玉朗

玉様を中心にした、ザ・レビュー、と言った雰囲気の踊り。踊りそのものはどうでも、とにかく玉様の美しさ、たおやかさにひたすらうっとり。幕開き、くらい中で長唄が始まり、徐々に明るくなる中、玉様が後ろ向きにせり上がってくる。そしてゆっくりと振り向いた時の圧倒的な華。魂抜かれましたわ。

回りは若手を従え、女王様にかしずくかのよう。順番に一人、二人と絡んでいく様子はお気に入りの小姓と戯れる気まぐれな女王様。なんとも隠微な雰囲気が漂う。ぞくぞく。
伸び盛りの若手が中心。玉様とこうして一緒に舞台に出るだけでも嬉しそう。
こういう踊りでは大抵みんなお揃いの衣装鬘だが、今回はそれぞれ色柄が違い、髪型も数パターンあって、目にも楽しい。ついつい、どの子が可愛い、とか探しちゃう。(はい、私の一押しは種ちゃんです。可愛かったわ~)

玉様は二度もお色直し。最後は出てきてすぐに幕。ふんわりと扇をかざして決まる、その1分足らずのためにだけ着替えてこられた黒いお衣装の素晴らしさ。ただただ見とれてため息。ええもん見せてもらいましたわ。

吉野川で泣いて、らくだで笑って、最後はうっとり。歌舞伎っていいなあ、と改めて思った秀山祭。
     
  
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