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新橋演舞場 壽新春大歌舞伎 夜の部 [舞台]

1月16日(月) 
この日は通しで。今月は興行が多くて日程のやりくりが大変。

一、源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)
義賢最期木曽先生義賢   海老蔵
矢走兵内    猿弥
小万     笑三郎
待宵姫    米吉
九郎助    市蔵
葵御前    右之助
下部折平実は多田蔵人   中車

通しの疲れか、前半爆睡。いや、疲れもあるけど、何故か海老蔵の台詞を聞いてると睡魔に襲われることが多い。α波でも出てるのか。。。?後半は豪快な立ち回り。と言いたいところだが、ううん?確かに派手に動いているのだが、キレが良くない。なんだろうなあ。特に見せ場の仏倒れがね、躊躇がある感じで。台詞がダメな海老蔵が動きで見せなかったら、何が残るんだよ。

笑三郎の小万がしっかり者で情に篤い様子が素敵。えみさぶさんの女房役って好きだわ。
中車の折平が、義太夫味がしっかり増してきていて感心。
市蔵の九郎助がいかにも正直者の田舎の百姓という感じ。
米吉は可愛いお姫様。折平とのいちゃいちゃも、ツンデレで可愛い。


二、三代目市川右團次襲名披露 口上(こうじょう) 右近改め右團次
幹部俳優出演
仕切りは梅玉さん。猿之助襲名もずっと梅玉さんだったが、考えてみるとなぜなんだろう。普段は共演も少ないのに。
右近ちゃんも立派にご挨拶。最後の「よろしくお~願い申しあ~げます~」が芝居がかっていてかわいかった。
 
河竹黙阿弥 作
松岡 亮 補綴
三、錣引(しころびき)
摂州摩耶山の場
順礼七兵衛実は悪七兵衛景清   右近改め右團次
三位中将重衡   友右衛門
伏屋姫    米 吉
木鼠次段太  九團次
平経盛    寿 猿
天上寺住持  家 橘
虚無僧次郎蔵実は三保谷四郎  梅 玉

ストーリーはあるようなないような、まあどうでもいい。というか、はっきり言ってよくわからなかった(苦笑)。巡礼と虚無僧が出会うが、実は二人とも、、、という歌舞伎ではよくある設定。
でもその出会いの前に寺の山門の上でほかの登場人物が出てくるのがかえって複雑だった。まあ、米吉がかわいかったからいいか、というくらい。
右團次は豪胆な様子を見せる。でも昼の部ほど大暴れするわけではないので、ちょっと物足りない。ま、昼も夜も大立ち回りはしんどいよね。
梅玉がはじめ巡礼、あとは義経みたいな鎧姿に。颯爽とした武者ぶりはさすが。でも見どころ少なくてもったいない。梅玉さんの無駄遣い感は否めない。

四、猿翁十種の内 黒塚(くろづか)
老女岩手実は安達原の鬼女  猿之助
山伏大和坊   門之助
強力太郎吾   猿 弥
山伏讃岐坊   中 車
阿闍梨祐慶   右近改め右團次

夜の部はこれを見に行ったといっても過言ではない。
猿之助の岩手はもはや代表作ともいえる。
第一幕でのわびしさと不気味さ。身の上話の悲しさは深々と外の寒さ以上に胸に冷たいものを注ぎ込む。だが圧巻は第二幕、月に照らされて一人踊るところ。老いの体で、しかし心の浮き浮きが足取りに表れ、こんな自分も救われるという希望に文字通り舞い上がる気持ちで月の光と戯れ踊る。その童女のような愛らしさ。それがやはり裏切られたと知って鬼になる。その怒りの激しさと裏腹の虚しさとに一番苛まれるのは他ならぬ岩手本人だ。怒りが激しければ激しいだけ、心の闇が深くなる。最後に阿闍梨たちに祈り伏せられて岩手は、いや鬼女は無念と思ったか、やっと死ねると思ったか。

猿之助の踊りはもちろん技術的にも素晴らしく、身体能力のすごさを見せつける。でもそれだけでなく岩手の心の動きが体の動きとシンクロして、伝わってくる。特に面白いのは鬼女の禍々しさがたとえ陽気に踊っているところでも決して消えないことで、これはほかの誰にもまねできない。ただずっと息を詰めてみてしまう。
最後はとにかく凄いものを観た、という感想しか出てこない。でもその凄さは歌舞伎舞踊の範疇を超えているような気がする。例えば富十郎さんや三津五郎さんの素晴らしい踊りを見た後の感動とは種類が違うように感じるのだ。そこに凄いけど好きか嫌いかと言われると、1割くらい嫌い、な感情が交じる所以。

猿弥の強力がコミカルさと、軽薄さを見せる。動きの素早さと切れの良さ。あの体形でよくああ踊れるなあ、などと思わず失礼なことを考えてしまう。本当に達者な人だ。

右團次の阿闍梨が落ち着きと深い思慮を感じさせる。錣引よりこちらのほうが襲名らしくて良かった。
門之助は手に入った役。
中車が健闘。昼のお公家さんと云い、あまり台詞の多くない役でそれらしく、歌舞伎役者として舞台にいておかしくない立ち居振る舞いが身についてきた。 
            

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新橋演舞場 壽新春大歌舞伎 昼の部 [舞台]

1月16日(月) 新橋演舞場

市川右近改め三代目 市川右團次 襲名披露、二代目 市川右近 初舞台である。二代目右近は初代の息子。

三代猿之助四十八撰の内
通し狂言 雙生隅田川(ふたごすみだがわ)

猿島惣太後に七郎天狗/奴軍介  右近改め右團次
班女御前    猿之助
大江匡房    中車
淡路前司兼成   男女蔵
小布施主税    米吉
次郎坊天狗    廣松
梅若丸/松若丸   初舞台右近
局 長尾    笑三郎
勘解由兵衛景逸   猿弥
惣太女房 唐糸   笑也
吉田少将行房    門之助
県権正武国    海老蔵

原作は近松。能の隅田川の物語を元に先代猿之助が作り上げた作品だが、上演のたびに改訂しているらしく、今回も違うらしいが、初見なのでそこの違いはわからない。

ともかく、新右團次が大車輪。第一幕こそ出ないが、二幕目の惣太では世話物の悪人からの戻りという「すし屋」の権太を思わせる役。非道で子供にも容赦ない男が、折檻して殺したのが主人の若君だったという業に絶望して切腹する壮絶さ。
終幕では、本水を使っての鯉つかみ。季節柄ちょっと寒そうだが、豪快に暴れて見せた。
この人は、台詞が粘っこくて聞き取りづらいところがあって苦手だったが、このところだいぶ改善されたように感じる。襲名で心機一転、ますます頑張ってほしい。

びっくりなのは息子のタケル君改め二代目右近。去年初お目見えはしているが、舞台度胸の良さ、勘の良さにびっくり。台詞の間も良いし、ちゃんと義太夫の糸に乗っている。これは天才子役誕生か。なにしろ二役早替わりやって、さらに宙乗りまで堂々とやってのけてしまうのだ。将来が楽しみ。

猿之助は子を失って狂女となってさまよう班女御前。情念を演じさせるとこの人くらい深い人はちょっと今いないが、ここでも哀れさと子への執念を見せる。舞踊「隅田川」もいつか見てみたい。

第二幕の終わりでは、天狗になった惣太の右團次と、猿之助、右近による3人宙乗り。右近君、怖がるどころかわっさわっさ揺らして見せてサービス精神も今からたっぷり。

中車が珍しく(?)アクの強くない、捌き役的な大江匡房。あ、こういうふつーな人もやれるのね。と言うか、目立ちすぎない立ち位置をしっかりおさえていることに感心。
猿弥はお約束の悪役。
笑三郎の局がいかにも大名の奥女中の様子。こういうお役がはまる。
男女蔵が、老け役だったせいもあってお父さんそっくりで吃驚。こういう役が増えていくのかな。まだちょっと気の毒な気もするけど。
米吉は前髪の若衆で凛々しく美しい。

多分本当はもっと長い話なんだろうが、上手くまとめてあり、宙乗りに立ち回り、猿之助の踊りと見所いっぱいで見応えがあった。澤瀉屋らしいエンターテイメント性溢れる作品で、襲名を祝うにはぴったり。
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通し狂言 しらぬい譚(しらぬいものがたり) [舞台]

1月15日(日) 国立劇場大劇場

1701国立a.JPG

お正月恒例、菊五郎劇団による復活狂言。長大な原作をコンパクトにまとめた台本作者にまず敬意を。
まあ、あらすじを細々説明しても無駄なので割愛。
ざっくり言うと、お家を滅亡させた菊池家に復讐を誓う若菜姫(菊之助)を阻止しようとする家老の鳥山父子(菊五郎・松緑)の対決。

まず菊之助の姫が、ある時は前髪の若衆姿で殿に取り入ったり、若菜姫と顕して、得意の妖術を使って蜘蛛の糸を撒きながらの宙乗りを見せたり、と魅力を振りまく。綺麗で格好いい。そうよ、こういう菊ちゃんが見たいのよ。

菊五郎は出番は少ないが、家老としての貫禄を見せ捌き役の颯爽とした様子。

時蔵は松緑の乳母だが、蜘蛛の毒を浴びて重病になった松緑を助けるために偽りの恋を仕掛けてわざと息子の手にかかる。いわば玉手御前のパロディで、武家の女らしい凛々しさと、偽りとは言え、積極的に迫る女の怖さも見せる。普段割と淡泊な感じのする人だけど、玉手も一度見てみたい。

松緑はご乱行気味の殿様に意見して不興を買う忠臣。いっつも正月公演では月代伸ばした役だけど、今回は普通の髷姿だわ!(と思ったら、後半、やっぱり伸ばしてて笑った)さらに珍しく病はちまき姿も。乳母に迫られてたじたじなのが可愛い。病が癒えた後は、化け猫退治で大立ち回り、さらには六方も踏んで豪快で格好いい。

右近が傾城に、姫に、化け猫と三役で活躍。本当にきれいになったなあ。化け猫はちょっともったいない。
化け猫と言えば、たくさんの猫が(ってもちろん役者だが)が出てきて楽しい。そして巨大化け猫は、霊験ある槍(まるでライトセーバ-!)で松緑に退治されるのが、笑える。国立劇場の美術は偉大。

亀三郎がはじめ馬鹿殿様。おやおやと思ったが途中で改心。しかし良い声だな。
亀寿は時蔵の息子、つまり松緑と乳兄弟。リアルでも仲の良い二人、当て書きか?と思うくらいぴったりの設定で贔屓には嬉しい。泣ける。

梅枝は松緑の許婚。楚々とした様子がぴったりで、松緑とのカップルも鉄板。
團蔵がその父で、松緑の若菜姫詮索に手を貸す。いや~、渋いわ、團蔵。この頃悪役より良い役が増えて嬉しい。

亀蔵が殿様をそそのかす悪人。こちらは通常営業だが、傑作なのが、途中で唐突に出てくる今流行りのピコ太郎そっくりさんに扮してあのPPAPを一くさり踊って、姿を消していく。これをぶっ込んできた菊五郎も凄いが、要望に応える亀蔵さんも凄い。客席ぽかんの後爆笑。

お正月公演らしく、多少辻褄の合わないところは気にしない、とにかく娯楽性いちばん、に徹しているのが楽しい。また、今回は、時蔵の玉手以外にも、台詞のあちこちに他の演目から取ってきたのがちりばめられていて、ええとこれは何だっけ?と考える間もなく次に進んでいく。なんだか歌舞伎検定みたいで面白い。

細かいことあげるときりがないけど、とにかく楽しかった。正月公演ではここ数年ではいちばん良くできた作品になった。
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岩佐又兵衛と源氏絵展 [美術]

出光美術館
http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/

桃山時代から江戸時代初期に活躍した絵師・岩佐又兵衛(いわさまたべえ 1578-1650)の絵画、とくに王朝文学の傑作『源氏物語』に題材をとった作品(源氏絵)に注目した展覧会。

岩佐又兵衛と言えば「山中常磐物語絵巻」などのように、ちょっとグロイというか、いわゆる「奇想の画家」に列せられる、一癖ある画家という印象だった。なので、又兵衛と源氏絵というのがちょっと結びつかなかった。

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源氏物語 野々宮図 岩佐又兵衛
旧金谷屏風 から分割された1枚。昨年もう1枚の「官女観菊図」を山種で見たばかりなので興味深い。「官女~」と同様淡彩で、ほとんど線だけで緻密に描かれた野々宮の場面。源氏物語と言えば華麗な色彩の絵巻物が定番なのにこういうモノトーンで描き出された世界は斬新。

しかし又兵衛はこういう絵ばかり描いたわけではない。むしろ金谷屏風が異質なのかも。
他では、土佐派の影響を受けたらしい金箔を使った源氏絵の屏風なども並ぶ。
展覧会では、源氏絵の第一人者土佐光吉の絵も出品されてその華麗さに心奪われる。

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源氏物語画帖(花宴) 土佐光吉

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源氏物語図屏風 (伝)岩佐又兵衛

そして又兵衛の画業は源氏絵にとどまらず、ようような方向へ向かう。土佐派はもちろん、狩野派や長谷川派と比べても、その活動の幅の広さは格別。
浮世絵の原点とも言われる又兵衛の絵と江戸時代の絵との比較も。
絵巻物がなかったのは残念だったが、又兵衛の画業を俯瞰できる稀な機会。

それにしてもこういう展覧会をみると、源氏物語をちゃんと知らないことが悲しくなる。いつかいつか読まなきゃと思いつつ。。。
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壽 初春大歌舞伎 夜の部 [舞台]

1月9日(月) 歌舞伎座

北條秀司 作・演出
一、井伊大老(いいたいろう)
井伊直弼    幸四郎
仙英禅師    歌六
長野主膳    染五郎
水無部六臣   愛之助
老女雲の井   吉弥
宇津木六之丞   錦吾
中泉右京    高麗蔵
昌子の方    雀右衛門
お静の方    玉三郎

幸四郎と玉三郎の顔合わせって珍しくない?しかも新歌舞伎で。
でも実を言うと、二人とも何をやっても同じような台詞回しになる人なので、義太夫狂言で共演するよりは遥かに馴染みが良いように感じた。少なくとも、玉三郎と吉右衛門で感じた肌合いの違いはそこまでは感じなかった。

玉様は可愛い純粋なお静様。直弼への愛だけで生きている女のいじらしさと悲しさが溢れる。
幸四郎の直弼は自分の意志とは違うところで生かされ抗いながら責任を果たそうとする男の辛さを、お静の前でだけ見せる。二人にしかわからない絆の強さと愛情が切なくも優しくあたたかい。

正室昌子の雀右衛門がいかにもおっとりお育ちの良いお姫様。おつきの腰元が京屋シスターズで、下屋敷からの鶴姫重病の手紙を「本当でしょうか。。。」とちょっと意地悪げに言うところが最強。

歌六の禅師が飄々として、深い。洞察力に優れ、お静を温かく見守る。
染五郎の主膳は、一生懸命怜悧さを出そうとしてるが、少なくとも幸四郎相手には貫禄が不足しているので、あくまで安政の大獄を押し進めようとする胆力が見えないのが辛い。
愛之助の水無部六臣も勤王一途の心底は誠実な男を懸命に見せるが、ちょっと空回り気味。

今回、終幕の襲撃の場をやらず、雛祭りの場で終わったのは正解だと思う。正月だし、というのもあるけど、この先は誰でも知っている。知っているけど、このまま二人がずっと幸せでいられたらいいのに、という儚い希望を抱かせてくれるのが好きだ。

五世中村富十郎七回忌追善狂言
二、上 越後獅子(えちごじし)
角兵衛獅子  鷹之資
もう七回忌なのか。年月のたつのは早いものだ。そして、11歳で父を亡くした鷹之資が一人で歌舞伎座の大舞台で追善の踊りを踊る。それだけでも既に胸が熱くなるのだが、踊り自体が実に立派だった。まさに楷書の踊りと言うべきか、行儀良く、それでいて堂々として、きびきびとした動きが気持ちよい。後半の晒しを使った部分も鮮やかで目を見張る。はじめは、子供ががんばってるわね~とゆるく見ていた観客が、引き込まれていくのがわかる。
これまでも勉強会などで拝見して、しっかりと稽古を積んでいるのはわかっていたが、改めて大物ぶりを発揮。富十郎さんも喜んでおられるだろうと思うと涙が出そうだった。そろそろ声変わりも終わったろうか?これからは踊りだけでなく、芝居にも出してもらえると良いな。


下 傾城(けいせい)
傾城   玉三郎
幕開きには花魁道中の模様も見せるサービス付き。
玉様があのお衣装で出てきたらため息しか出ないわ。ああいうゆっくりした踊りは正直苦手なのでよくわかりませんが、お姿拝めただけで、はあ、めでたい、良い正月だ、という気分。


三、秀山十種の内 松浦の太鼓(まつうらのたいこ)
松浦鎮信   染五郎
大高源吾   愛之助
お縫    壱太郎
宝井其角   左團次

染五郎の松浦侯は去年の巡業が初役。その巡業初日を観たが、播磨屋のを一生懸命コピーしたな、という感じだった。その時に比べると、コピー感はかなり薄くなり、自分なりの殿様を作ろうとしているのかなと思った。それはそれでいいと思う。播磨屋の殿様はあの年齢に達したからの至芸で、真似て真似られるものではないだろうから。
だが、改めてこの芝居、意外に難しいと言うことが浮き彫りにもなった。播磨屋がやれば、小身とは言え大名のお殿様が気まぐれや癇癪を起こしたり、へそを曲げたり、一転急にご機嫌になったり、といった変化が可愛くもあり、面白くもあるが、如何せん染五郎では「御前様」の貫禄がなく、可愛くはあるけど、面白さには欠ける。まあ、そもそも「ばか、ばか、ぶぁか」だけで芝居になる播磨屋が特別なんだが。でも以前見た他の役者みたいに馬鹿殿ではなかったし、今後続けてやっていってほしい。

左團次の其角が飄々として温かい人柄がよくでて、一人出色の出来。
壱太郎のお縫は可憐だが、何だろう、この人は武家より町娘の方が似合う。
愛之助の源吾はきりっとした様子で、今月の役でこれがいちばん良いように思う。ただ、終幕で討ち入りの様子を物語るところなどはやや力みが過ぎる。気持ちはわかるが、ここはもう少しさらっとやって爽やかに終わってほしい気も。
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松竹座壽初春大歌舞伎 夜の部 [舞台]

1月3日(火) 松竹座

夜の部は二日目。

一、鶴亀(つるかめ)
女帝   藤十郎
鶴    国生改め橋之助
亀    宗生改め福之助
従者    宜生改め歌之助

いかにもご祝儀舞踊という感じで、ゆったり厳か。ついつい眠気に襲われて撃沈しました。でもお正月から神々しい藤十郎さんを拝見できて、めでたいめでたい。三兄弟はひたすら行儀良く。

二、口上
仕切りは今月も山城屋さん。我當さんも並ぶのが嬉しい。進之介もいるのは松竹座ならでは。内容はそれほど目新しい話はなかったように思う。
ただ、去年幹部昇進して梅花を襲名した芝喜松さんが列座、芝翫さんから紹介があったのが嬉しかった。歌舞伎座ではなかったからね。

三、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
武蔵坊弁慶   橋之助改め芝翫
源義経     魁春
亀井六郎    国生改め橋之助
片岡八郎    宗生改め福之助
駿河次郎    宜生改め歌之助
常陸坊海尊   橘三郎
富樫左衛門   仁左衛門

橋之助時代にも弁慶はやっているが、今回は襲名と言うこともあってか、かなり力が入っていた。気持ちはわかるがちょっと一人で空回りしてるように見えるところもあり、まあ落ち着いて、と思ってしまった。でも、それが弁慶の必死さに繋がる部分もある。力の入ってない弁慶なんて、見られるか!とも思うので、そのへんの加減が難しい。台詞は明瞭で悪くない。山伏問答などもきっちりしている。むしろ、関所を通った後の、義経への侘びなどの場面がやり過ぎ感があったように感じた。月末にかけて落ち着いてくればいいな。祝幕を背にしての幕外の六方は否が応でも盛り上がる。

仁左衛門の富樫。悪かろうはずがない。台詞の明瞭さ、佇まいの凛とした美しさ。官僚としての智と武士としての情とを兼ね備えた高潔な人物像が浮かび上がる。冷徹さと内なる血の熱さと。ああ、久しぶりに正統な富樫見たなあ。これが見たくて今月松竹座を観に行ったと言っても過言ではない。この日は2階左袖の席だったので、普段は横顔の富樫をほぼ正面から見ることが出来て、幸せでした(笑)。

義経は魁春だが、この人はやはり真女形で、義経とは言え立ち役は向いてないんだな~。いくら能では子方が勤めるとは言え、歌舞伎の義経はやはり御大将の凛々しさや大きさがほしい。ただ小さく家来の影に隠れているような義経では困る。また、この日は笠の紐を結ぶのに手間取ったりしてハラハラするところも。

四天王には三兄弟が並ぶ。いずれは自分も弁慶、と思いながら父のを見てるんだろうなあ。

四、雁のたより(かりのたより)
髪結三二五郎七  鴈治郎 
花車お玉      孝太郎
若殿前野左司馬   亀鶴
愛妾司     児太郎
乳母お光    芝喜松改め梅花
医者玄伯    寿治郎
家老高木治郎太夫    彌十郎
若旦那万屋金之助    橋之助改め芝翫

東京ではまずかからない演目なので、久しぶりに見た。上方の、新喜劇風の笑いが肝の演目なので、そういう役者の腕がもろにでる。
鴈治郎は初演ではないらしいが、まだまだこういうおかしみは身についていないみたい。まだ相手がいて掛け合いになるところは良いが、一人漫才みたいなところがまだこなれていない感じ。歌舞伎役者の中で喜劇の上手い鴈治郎にして苦戦している。いや~、難しいなあれは。お稽古して出来るようになるような部分じゃないし、といってドタバタギャグでもないし。回数を重ねるしかないんだろうな。
まあ、話そのものはいい加減で、ラストもそんなうまい話あるかい!ってなもんだから、ストーリーで楽しませる演目とは言えないところが、上方らしくて難しいのだ。

孝太郎が花車らしい華やぎと柔らかさを見せるのがこの一座ではさすがに光る。
児太郎の司が傾城から身請けされて殿様の側女になっている女らしいツンとした美しさ。巧まずして笑いを取ってるのが良い感じ。やり過ぎないのがお父さんと違うところかも。
亀鶴が司にめろめろの馬鹿っぽいお殿様。
彌十郎が、この芝居で唯一のまともな人(苦笑)。誠実で暖かい。この頃こういう役がしみじみと似合うようになった。

どの人もやり過ぎない、ほどほどに品の良い舞台だった。それがこの演目に良いのか悪いのか、わからない。ドタバタとは違うから爆笑すれば良いというのでもないし。まだ二日目だったし、こなれてくれば深化するだろうか。

タグ:歌舞伎
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松竹座壽初春大歌舞伎昼の部 [舞台]

1月2日(月) 松竹座

前の記事でやっと去年の記録が終わりまして、これからやっと今年の分です。改めまして、本年もよろしくお願いいたします。

松竹座の年明けは芝翫とその息子さんたちの襲名披露。正月気分と相俟っていっそうめでたい気分。

一、吉例寿曽我(きちれいことぶきそが)
鴫立澤対面の場
工藤奥方梛の葉  秀太郎
曽我箱王   宗生改め福之助
曽我一万   宜生改め歌之助
小林朝比奈   国生改め橋之助
腰元久須美   芝喜松改め梅花
腰元宇佐美   新悟
近江小藤太   亀鶴
八幡三郎    松江

75年ぶりとか何とかの珍しい狂言。よくやる対面の、工藤の代わりに奥方がでて、並び大名でなく腰元たち、と女方がずらりと並ぶのでなんとはなしに華やいだ雰囲気。場面が雪の中というのも珍しい。曽我兄弟も対面の十郎五郎より幼く見えるのは、元々そういう設定なのか、今回の二人に合わせて書き換えたのかはわからない。

初日故、福之助、歌之助の兄弟は力が入って一生懸命。まだまだ勉強しないといけないことはいっぱいだけど、懸命さが清々しい。がんばって。
お兄ちゃん橋之助の朝比奈も同様だが、さすがに一日の長はあり、荒事らしい力強さを見せる。

秀太郎の奥方は最後の方でやっと姿を見せるだけだが、さすがの貫禄。若手の多い舞台をしっかりと締める。

当然初めて見る演目だったが、予想以上に楽しかった。月末に掛けてきっともっと盛り上がるようになるだろう。
     
二、梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)
鶴ヶ岡八幡社頭の場
梶原平三   橋之助改め芝翫
大庭三郎   鴈治郎
奴菊平   進之介
梢    児太郎
俣野五郎   国生改め橋之助
川島八平   松之助
山口十郎   橘三郎
剣菱呑助   彌十郎
六郎太夫   東蔵

昼の部の芝翫襲名披露縁目。
芝翫梶原は羽左右衛門型。刀に下げ緒を巻かないし、最後は手水鉢の向こう側から正面向いて斬る。播磨屋型より派手な印象だが、芝翫には似合う。
その芝翫の梶原だが、全体に爽やかで気の良い様子。もうちょっと大庭兄弟を食ったような感じもあって良いと思うが、まず手堅くまとめてはいる。でもこの芝居、きちんとやられても面白くないわけで、他愛のない、言ってしまえば馬鹿馬鹿しくもある内容を面白く見せるのは役者の腕次第。台詞回しの調子の良さで聞かせるにはまだまだなんだなあ。播磨屋と比べるのは気の毒だが、どうしてもあの名調子を思い浮かべてしまうと、物足りなく感じてしまう。芝翫にはさらに上を目指してほしい。

児太郎の梢が可憐。こういういじらしい娘がよく似合うようになった。
東蔵の六郎太夫は手に入った様子。娘思いの情の深い父親。
鴈治郎の大庭、ガラでなさそうだが、きっちり。「大庭は大名」は「だいみょう」と発音。「でえみょう」と言う人もいるが、あれは江戸風と言うことだろうか。前からちょっと不思議に思っている。
橋之助の俣野、さっきの朝比奈よりもさらにやんちゃでちょっとお馬鹿な様子をがんばって出していた。
呑助は彌十郎、やや真面目な呑助。

恋飛脚大和往来
三、新口村(にのくちむら)
亀屋忠兵衛/父親孫右衛門  仁左衛門
万歳   松江
才造   亀鶴
忠三郎女房   竹三郎
傾城梅川    孝太郎

忠兵衛と孫右衛門二役をやるのは仁左衛門以外では見たことがない。あまり好きなやり方ではない。というのは孫右衛門をやっている間は忠兵衛は吹き替えになるので、ちゃんと顔を見せられず演技も半端。あそこの、家の中からでるに出られず苦悩する忠兵衛の無言の演技も大事だと思うのである。
まあそれはともかく、忠兵衛は文句なしの二枚目色男。幕開き、むしろを開いた様子の美しさに息を飲む。まさに金も力もない優男だが、梅川を愛し、父親への義理も情もある。情けなくも愛おしい男。
孫右衛門としては、養い親への義理を持ちながら、実の親としての情があふれ出る。梅川を恨めしいと思いながらも優しさに感謝もし、なにより忠兵衛の無事を祈る。ほんの刹那抱き合って、突き放すように早く逃げろと急き立て、そっちだそっちだと見送る。見えなくなっても声が届かなくなっても祈りながら見送る。その悲しさ、切なさ。胸が締め付けられる。
仕草などには、若干普段老け役をやり慣れていないぎこちなさも感じないではなかったが、そういうことを凌駕する、丞のこもった、いやあふれ出る孫右衛門だった。

孝太郎の梅川、しっとりとして情が濃くて優しい女。こういう情の細やかな役が自然で上手い。自分故に忠兵衛が罪人になったという負い目と、嫁と名乗れずに孫右衛門に尽くす切なさが胸を打つ。拵えも黒の着物がよく似合う。傾城などの絢爛な衣装よりこっちが引き立つように思う。

竹三郎が忠三郎女房で達者なところを見せたのも嬉しい。おかしみと軽妙さがあってさすがに上手い。

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今月の祝幕。これも佐藤可士和さんのデザイン。ポップで楽しい。
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小田野直武と秋田蘭画展 [美術]

サントリー美術館
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2016_5/display.html

江戸時代中期の18世紀後半に秋田藩で起こった西洋画(蘭画)風の絵画のことを秋田蘭画と呼ぶらしい。らしいというのも、小田野直武という人も秋田蘭画というのもほとんど知らなかった。では何故秋田で、というと、かの平賀源内が秋田へ来て、それをきっかけに小田野直武が江戸へ上り、「解体新書」の挿絵を担当して、蘭画を学んだのだそうだ。しかし、直武はそのたった7年後に早世。同時代の藩主佐竹曙山らも蘭画をものしたが、後に続くものがなく途絶えてしまったという、不思議な一派。なにしろ実質10年にも満たない期間で廃れてしまったのだから知られていないのも無理はない。

で実際どんな絵かというと、日本画の手法で西洋画の遠近感や陰影を真似たちょっと、いやかなり不思議な感覚の絵。もっと幕末になると、国芳などの浮世絵師もこんな感じの絵に挑戦しているが、これが江戸中期に、しかも秋田で、というのが興味深い。

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小田野直武 不忍池
花の細部の描き方などは普通の日本画っぽいが、背景や影の付け方などが西洋画風。見ていると奇妙な感覚に襲われる。

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佐竹曙山 松に唐鳥図
お殿様の手慰みと言うには立派な絵。

直武にしろ曙山ら他の絵師にしろ、作風はとても真面目で、一生懸命西洋画を勉強したんだろうなあと思う。でも正直言うと、興味深いとは思うけど、楽しい絵じゃないなあ、という感じ。まあ、期間が短すぎて、道半ばで亡くなってしまったというのもあると思うけど。
それにしても直武の死の謎とか、かなりミステリーも多くて、そういう点でも面白い。今後解明されていくだろうか。

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十二月大歌舞伎 第三部 [舞台]

1612歌舞伎座3.JPG

一、二人椀久(ににんわんきゅう)
松山太夫   玉三郎
椀屋久兵衛  勘九郎

玉様の二人椀久と言えば相手は仁左様と決まっていた。それが相手に若手の勘九郎を抜擢しての舞台。
椀久は恋しい松山太夫を思って物狂いになった男。しかし勘九郎は、あまり熱狂的ではなく、静かな表情で踊っていたのが印象的。でも眼差しは強く、松山を見つめる目には力がこもる。もう少し正気と狂気のあわいの切なさがでると良いのだけど。もちろん踊りは上手い。端正で、きっちりとした楷書の踊り。本当はこういうのでなく、もっと古典の踊りが見たいけれど。

玉様は始終口もとに優しい笑みを浮かべていた。椀久を包み込むような、励ますような。まるで、「大丈夫、姿が見えなくなってもずっとお側にいますよ」と言っているような。観音様か菩薩様のような慈悲深い美しさ。神々しくて涙が出る。こんな女の人を愛してしまったら、そして引き裂かれてしまったら、椀久でなくても狂ってしまうだろう。

二、京鹿子娘五人道成寺(きょうかのこむすめごにんどうじょうじ)
道行より鐘入りまで
白拍子花子   玉三郎
白拍子花子   勘九郎
白拍子花子   七之助
白拍子花子   梅枝
白拍子花子   児太郎
所化       亀三郎
同         萬太郎
同         橘太郎
同         吉之丞

娘道成寺版玉様ブートキャンプ。もう一人では踊らないと公言されている道成寺を、こういう形でも玉様が見せてくれたことがまずありがたい。
長い道成寺をいくつかのパートに分けて、あるところは二人で、あるところは一人で、順々に踊らせ、もちろん玉様も。次々に現れては交替していくので、目が追いつかない!本当にまるで夢を見ているような美しさと楽しさ。
踊りに詳しいわけではないので、誰がどうだった、とかは言えないけど、次代を担う若手が玉様の期待にこたえようと懸命に踊っている姿に胸が熱くなる。

勘九郎のを見ていると勘三郎のを思い出し、児太郎には福助が重なる。感慨深くてじーんとなる。

優劣ではなく、いちばん好きだったのは梅枝君。「ただ頼め」の部分を一人で踊った。たおやかでしっとり。ふっくらとしてきれいだった。お芝居だとなんだか薄幸なお役が多い梅枝君、こんな風に嬉しそうな顔で踊るの初めて見たような、、、これも玉様のおかげかしら?

最後は五人揃って鈴太鼓。その勢揃いしたところの華やかなこと。そしてなんだかガールズトークしてるような楽しげな様子にうきうき。5人が順に連なって鐘に登っての幕切れも眼福。

この4人のうち、誰が最初に一人で娘道成寺を踊ることができるだろう。実力だけではなくて、いろんなしがらみや運も絡んでくるだろうけど、いつか全員が歌舞伎座の本公演で踊れる日を楽しみに待ちたい。
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十二月大歌舞伎 第二部 [舞台]

宇野信夫 作
坂東玉三郎 演出
石川耕士 演出
一、吹雪峠(ふぶきとうげ)
直吉   中車
助蔵   松也
おえん  七之助

なんかねえ、こんな演目歌舞伎でやらなくても良いんじゃない?っていつも思うんだけど。ただの時代劇みたいで。まあ、このおえんを女優でやったら生々しくて見てられない、かもしれないとは思うけどねえ。

そのおえんは七之助。女の性に正直で、多分男なしでは生きていけない女。直吉を捨てて、助蔵と出奔したのも、自分を可愛がってくれる直吉にどこか物足りなさを感じていたのかもしれない。今は甲斐甲斐しく助蔵の世話をやくものも、いつまで続くことか、というどこか薄情さを感じさせる。我が儘というのではなく、自分の感情に正直なだけ。という、側にいたら迷惑な女を、あまり嫌味なく演じていて、面白かった。もっと嫌悪感を感じさせるやり方もあるだろうがそうはしなかったのか出来なかったのか。

松也がふとした過ちで兄貴分の女と間男した助蔵を好演。おそらく誘ったのはおえんの方だったろう。初な心に火がついてそのままずるずると落ちて、今は病も得て、自分でも気づかずに後悔していたかもしれない。そこに直吉が現れて、命惜しさに女なんかどうでも良いと思う身勝手さを見せる。こういうクズ男が松也ってなんだかぴったりなのよね。

中車が寝取られ男の直吉。渡世人の暗さと、二人に見せる恨みというより突き放した軽蔑の深さ。三人の中でいちばん共感できるのはこの直吉で、二人がお互いに責任をなすりつけ合うのを見てやりきれなさとバカバカしさにいたたまれず吹雪も顧みず外に飛び出していく。中車はさすがに細かい演技が上手い。直吉の心の変化を刻々と見せる。

この舞台、普通は猛烈な紙吹雪だが、今回は今流行りのプロジェクションマッピングというのか、映像で雪を見せるだけ。実に興醒めだった。これでは風の強さも雪の冷たさも感じられない。アナログな手法こそが歌舞伎の良さだと思うのだが。演出は玉三郎だそうだが、これもその指示なのだろうか。だとしたらがっかりである。

二、菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)
寺子屋
寺入りよりいろは送りまで
松王丸   勘九郎
武部源蔵   松也
戸浪   梅枝
園生の前   新悟
涎くり与太郎   弘太郎
下男三助   寿猿
春藤玄蕃   猿弥
千代    七之助

勘九郎の時代物と言うことでかなり期待して観たのだが、う~ん、ちょっと期待はずれだったか。
松也の源蔵もだが、時代物の台詞の息の詰め方や間の取り方が出来ていない。子を犠牲にする父親の情というのは見えるけれど、こんな名作、台本読んでも泣ける位なんだから、泣かせてくれた、では足りない。時代物は怖い。二人とももっと大幹部の下で研鑽を積んでほしい。
主役四人の中では梅枝が頭三つくらい抜けている。既に何度かやっているとは言え、貫禄すら感じさせる。
七之助の千代は寺入りからの丁寧な上演で、悲しみをこらえる姿が涙を誘う。
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