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吉例顔見世大歌舞伎・昼の部 [舞台]

歌舞伎座

今年の歌舞伎座顔見世は、大御所が顔を揃え、当たり役を披露する、顔見世にふさわしい興行だった。さらに、来年1月の襲名を控えた高麗屋三代にとっては現名での最後の舞台となった。

湧昇水鯉滝
一、鯉つかみ(こいつかみ)
市川染五郎本水にて立廻り相勤め申し候
滝窓志賀之助実は鯉の精/滝窓志賀之助  染五郎
小桜姫   児太郎
奴浮平   廣太郎
堅田刑部  吉之丞
篠村妻呉竹  高麗蔵
篠村次郎公光   友右衛門

なんだかここ数年よくかかるようになった演目。中身があるわけでなく、早替わり、本水の中での立ち回り、宙乗りといった外連が売り。
染五郎は前髪の若衆姿は美しく、立ち回りは颯爽と。一粒で二度美味しい的な頑張り。染五郎最後の主演作にこれを持ってきたのは、幸四郎になっても傾いて見せます、の宣言か。
ヒロイン小桜姫の児太郎が赤姫の衣装が似合っておっとりと美しく、染五郎との踊りも綺麗。

二、奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)
環宮明御殿の場
安倍貞任   吉右衛門
袖萩    雀右衛門
安倍宗任   又五郎
八幡太郎義家  錦之助
平傔仗直方  歌六
浜夕   東蔵

昔国立劇場でやったときは吉右衛門が袖萩と貞任の早替わりを務めた。今回は袖萩は雀右衛門。
前半は雀右衛門の袖萩と歌六東蔵のやりとりが泣かせる。隔てを越えられない親の情、隔てがあっても変わらぬ親の愛。雀右衛門がひたすら耐える姿が哀れで切ない。子役も好演。雪が降る中抱き合う母と子。葵大夫の「親なればこそ子なればこそ」の絶唱に涙腺崩壊。

後半どころか3分の2くらい過ぎてやっと現れる吉右衛門。初めはすました顔の中納言。傔仗の懐から書状を抜き取る時にチラリと見せる本性。立ち去ろうとする時聞こえる陣鐘に不審顔で公家と貞任の顔が交錯するのが巧み。義家に見破られてからはぶっ返ってひたすら大きい。
豪傑が妻子との別れに見せる涙がほろ苦く、しかし娘を押しやって戦いへと向かう。赤旗をさああっと投げて肩に掛けて決まった姿の豪快さ立派さ。これぞ古典歌舞伎の英雄!ただただ格好いい~!

歌六の傔仗が謹厳で気難しくも、心の底では娘を思う老人の一徹さと悲しさを体現。
東蔵の浜夕は情がたっぷりだが夫に背くこともできない母の切なさ。
又五郎の宗任が荒々しさがあって立派。
錦之助の義家が颯爽とした貴公子ぶり。

しかしこの演目、歌舞伎だとこの段しかやらないが、せめて朱雀堤の段からやらないとわけわからないよなあ。この段でも始めの袖萩の妹で義家の妻となっている敷妙がやってくるところなどカットしてるし。


河竹黙阿弥 作
三、雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)
直侍
浄瑠璃「忍逢春雪解」
片岡直次郎   菊五郎
三千歳    時蔵
亭主仁八   家橘
女房おかよ  齊入
寮番喜兵衛   秀調
暗闇の丑松   團蔵
按摩丈賀   東蔵

直侍の菊五郎、体にしみこんだ江戸のいい男の魅力が溢れる。さらっとして嫌みがなく、粋でスマートで。もう型とか手順とか、そういう物から解き放たれたような自然さで、江戸の世界を眼前に描き出してくれる。ほんとにしびれる格好良さ。江戸の世話物の面白さはこの人で終わってしまうのではないかと言う恐怖心さえ抱かせる。

時蔵の三千歳はただただ直さんが好き、で生きている。苦界に生きるよすがとしての直さんの存在が自らの存在のすべてで、直さんがいなければ生きていけない。でもそれは決して弱々しいというのでもない。一途という言葉を現したらこうなる、と言う女。ただ儚く美しい。

蕎麦屋の夫婦が家橘と斉入。幹部がやるのは珍しいんじゃないか。記憶がないんだけど。二人ともわざとらしさがなく、淡々とした様子で、だが誠実な振る舞いが好ましい。
丈賀の東蔵も人の良い様子で、すっかり本役。
丑松の團蔵が、凄味があり、後ろ暗い風情が滲む。

いかにも劇団らしい、江戸の世話物の面白さが凝縮されたような舞台。堪能した。


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パリグラフィック展-ロートレックとアートになった版画・ポスター展 [美術]

三菱一号館美術館

19世紀末のパリで飛躍的に発展した版画、ポスターなどのグラフィック・アートに着目した展覧会。

版画自体はレンブラントやデューラーを出すまでもなく、昔から絵画芸術の一端にあった。だが思えばそれはモノクロで、こういった多色刷りの版画が大量に作られるようになったのはこの頃。(それを思うと、日本の錦絵って凄いと改めて思う)
大量生産できる版画の普及でアートはポスターとして町中のあらゆるところに張り出され、また一方では好事家のコレクターアイテムとしての限定作品が作られ、今までのいわば「一品物」の絵画とは一線を画す市場が誕生した。
そういった時代に中心的役割を果たしたのがロートレック。

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ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ/ロートレック(1891)
ロートレックの出世作。猥雑な雰囲気に客のざわめき、酒や煙草の臭いまでしてきそうな。

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ジャヌ・アヴリル(ジャルダン・ド・パリ)/ロートレック(1893)
アヴリルが有名になるきっかけとされる1枚。手前に大きくバスのネックを配した構図は浮世絵の影響とも。

ロートレックだけでなく、ポスト印象派のドニやボナールらも意欲的にグラフィックアートに取り組んだ。

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『ラ・ルヴュ・ブランシュ』誌のためのポスター/ピエール・ボナール(1894)
ボナールやドニの絵は、油絵でもどこか版画的な色使いが感じられる。

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モーリス・ドニ 《『アムール(愛)』表紙》 1898年
なんとなくアール・ヌーボーの雰囲気も漂う。

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フェリックス・ヴァロットン《お金(アンティミテ Ⅴ)》1898年 木版
ヴァロットンもナビ派。
思えば、印象派には版画作品はあまりない。ナビ派を始めとするポスト印象派がグラフィックに関心が強かったのは、画風からなのか、技術がちょうど発達したからなのか。ヴァロットンなどは、前の展覧会で油絵作品も見たが、正直言って版画の方が特徴が出て面白く感じた。

ポスターなどとして張り出されるだけでなく、シリアルナンバーのついた限定作品としての版画は人気を呼んだそう。
肉筆油絵を購入できる層は限られていただろうが、版画なら買える中産階級の心を惹いたのかも。

ロートレックの作品などは、何度も見たことがあるので新鮮味はないかと思ったが、別刷りの色が違うものや、ステートの違うものなども展示されて興味深かった。

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会場の中には撮影可のコーナーも。
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国立劇場11月歌舞伎公演 [舞台]

国立劇場大劇場
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11月の国立劇場は新歌舞伎の二本立て。それもどちらも何十年ぶりとかの珍しい作品。

山本有三生誕百三十年
山本有三=作
二世尾上松緑=演出
坂崎出羽守(さかざきでわのかみ) 
坂崎出羽守成政:尾上 松 緑
金地院崇伝:市川 左團次
本多平八郎忠利:坂東 亀 蔵
家康の孫娘 千姫:中村 梅 枝
松川源次郎:中村 歌 昇
坂崎の小姓:市村 竹 松
坂崎の小姓:中村 玉太郎
松平の使者:市川 男 寅
三宅惣兵衛:市村 橘太郎
本多佐渡守正信:嵐 橘三郎
南部左門 :中村 松 江
本多上野介正純:河原崎 権十郎
刑部卿の局:市村 萬次郎
徳川家康:中村 梅 玉

焼け落ちる大阪城から千姫を救い出したら褒美に輿入れさせるという家康の言葉を受けて、顔にやけどを負いながら千姫を助け出した出羽守。しかし千姫は出羽守への輿入れを拒み、家康の命を受けた金地院から姫は落髪すると聞かされて出羽守は諦めるが、実は姫は本多平八郎に嫁ぐ。それを知った出羽守は輿入れ行列に切り込み、切腹する。
山本有三作の新歌舞伎。六代目菊五郎が初演、二代目松緑、初代辰之助に受け継がれて、当代の初演。

姫の歓心を買おうとしてもうまくいかず、どんどん負のスパイラルに落ちていく松緑君、無骨一辺倒な男の不器用さが可哀想で見ているのが辛いほど。
集中力がすさまじいのは最後の館の場面。ピリピリした空気に舞台上の家臣だけでなく客席まで飲み込まれていく。家臣の気遣いさえも出羽守には慰めどころか屈辱だったろう。こらえにこらえたものが最後に爆発して行列に切り込むのが、あらすじ読んでわかっていても「止めて、止めて」と思ってしまう。。

もし出羽守がやけどしなかったら?もしあの船に本多平八郎が乗らなかったら?千姫は黙って出羽守に輿入れしただろうか。なんて考えてしまう。様々な不運が出羽を襲う。家臣のことも思って耐えに耐えた気持ちが最後に切れる切なさに胸が塞ぐ。死を前に歌昇君源六への温かい言葉がかえって辛い。

松緑はそういう出羽守の昏い内にこもった情念を描き出してはまり役。見るのが辛い、でもまたやってほしい、と矛盾した感想を持ってしまう。新しい当たり役が加わったと思う。

出羽守可哀想だけど、千姫の気持ちもわかるわ~ってところがあって、結局家康があんなこと言うから悪いんじゃん、ってなる。でも尼になるから諦めろって言われたのに輿入れするとなったら、そりゃ切れるよな。

源六は出羽守の鏡だ。出羽が大名として武将として口に出せないことを源六は軽々しく口にする。それが出羽の心をえぐる。腹も立てる。でもきっとだれよりも愛していた家臣。。。その最期をもたらしたのは千姫か、自分か。源六がああいう行為に出なかったら出羽も輿入れ行列に切り込まなかったのでは。そんな純粋に出羽守を家臣として慕う源六を歌昇が熱演。熱血漢で一直線な若侍が似合い。

千姫の梅枝君がまたぴったりでね。ツンとして気位高く、とは言っても底意地が悪いわけじゃない。嫌なことは嫌という正直さとおじいさまに甘える塩梅が絶妙。現実に近くにいたら友達になりたくないけど。

橘太郎が思慮深く、忠義に篤い家老。お家のため、出羽守のため、必死に、しかし冷静に務める。源六とは違うがこれも忠義。

左團次の金地院が老獪さを見せ、梅玉が孫には甘い家康の狸親父ぶりを飄々と見せる。
亀蔵の平八郎が爽やかな二枚目ぶりで、出羽守との違いを際立たせる。いや~、平八郎が悪いわけじゃないんだけど。でもこの人がいなければ、とは思ってしまうよな。


長谷川伸=作
大和田文雄=演出
沓掛時次郎(くつかけときじろう) 三幕

沓掛時次郎:中村 梅 玉
三蔵女房おきぬ:中村 魁 春
大野木の百助:中村 松 江
苫屋の半太郎:坂東 亀 蔵
三蔵倅太郎吉:尾上 左 近
安宿の亭主安兵衛:市村 橘太郎
安兵衛女房おろく:中村 歌女之丞
六ッ田の三蔵:尾上 松 緑
八丁徳:坂東 楽 善

梅玉さんの股旅物って、どうよ?当代随一の殿様役者だよ?と思ったがこれが意外なほどよかった。
渡世人といっても根っからの悪人ではなく、どこか厭世的なムードを漂わせた時次郎が、渡世の義理から殺した三蔵に頼まれて残された妻子の世話をするうち、女房に淡い慕情を抱くも口には出せず。。。という時次郎の、冷めた心に宿るほのかな思い、熱さを前面に出さない感じがいかにも梅玉さん。心根が優しく清潔な時次郎に新しい梅玉さんの魅力発見。

魁春の薄幸で手を差し伸べたくなるおきぬもぴったり。
左近ちゃんが達者で、でもこまっしゃくれた感じはない嫌みのない子役ぶり。
橘太郎と歌女之丞の宿屋夫婦が人情のある様子でもり立てる。
最期に出てくる楽善がどっしりとした親分の落ち着きを見せる。
松江と亀蔵が弱っちいヤクザで、これはこれで梅玉を引き立てて良い味を出す。
そして序幕でさっさと殺されちゃうけど松緑もヤクザにしてはまっとうな人間で、良い父で夫であることを印象づける。ここ大事。

とても叙情的な作品で、決してハッピーエンドじゃないし悲しいけど、後味は爽やかでさえある。
ただ場面転換が多く間が空くのが煩わしい。もうちょっと工夫できないかとは思う。

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表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち [美術]

汐留パナソニックミュージアム
https://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/17/171017/

カンディンスキーとルオーに交流があったとは知らなかった。生きた時代はほぼ重なるが、主にドイツで活躍したカンディンスキーとフランスのルオー。だが、パリのサロン・ドートンヌにカンディンスキーが出品し、カンディンスキーの率いるミュンヘン新芸術家協会の展覧会にルオーが出品するという時期がありそれぞれがフォーヴィスムとドイツ表現主義の拠点となった展覧会で、互いの運動への関心を深めていたこともうかがえる。
この展覧会は、この二人とクレーを加え、、また二人を取り巻く画家達の作品で、特に色彩表現の変遷を観て行く。

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ヴァシリー・カンディンスキー
《商人たちの到着》
1905年 
カンディンスキーと言えば後年の抽象絵画が有名だけど、若いときはこういう具象画も描いていて、これが結構好み。これなんか、ロシアの民話の世界みたい。この、枠を黒い線ではっきり描いた感じがそういえばルオーのステンドグラス風の絵と似ているかも。

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ガブリエーレ・ミュンター《抽象的コンポジション》1917年
ミュンターはカンディンスキーのパートナーでもあった女流画家。ただし、これが描かれた年は既に破局の後。でも影響は一目瞭然。

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パウル・クレー《橋の傍らの三軒の家》
具象画から抽象画への過渡期を感じる。クレーも色使いが素敵な画家だ。

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ヴァシリー・カンディンスキー
《活気ある安定》
1937年
上の絵から30数年でこの変化。
でもカンディンスキーの色彩感は好きだ。私の場合、具象でも抽象でも色使いが綺麗だとそれでいいと思っちゃうところがある。逆に言えば、具象画でも色が暗かったり汚かったりする絵は嫌い。

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ジョルジュ・ルオー 《ヒンデンブルグ》
正直なところ、ルオーとカンディンスキーらがどの程度影響を与え合ったのかはよくわからなかった。ルオーとマティスのような親密な交流があったわけでもなさそうだし。でもそれぞれの若い頃からの変遷を色彩表現の変化に着目してみるというのも面白かった。
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ゲヴァントハウス管弦楽団 [音楽]

11月12日(日) サントリーホール
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オーケストラ: ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
指揮: ヘルベルト・ブロムシュテット
ヴァイオリン: レオニダス・カヴァコス

プログラム
メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64
ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調(ノーヴァク版)

楽団設立275周年、マエストロ90歳、ソリスト50歳、と節目が重なった。そしてプログラムは、このオーケストラが初演した曲ばかり。歴史を感じさせる。

1曲目のカヴァコスのヴァイオリンは、瑞々しく弱音まで綺麗に鳴って美しかった。ロマンティックな演奏はメンコンによく似合う。と言って安っぽいメロドラマ調ではない。品があって流麗。メンコンってヘタするとベタな音楽だけとブロムシュテットもさすがに端正な音で支えて素晴らしい。

だがもっと凄かったのはブルックナー7番。深遠とでも言うしかない。深々とした森をブロムシュテットに導かれて進むような喜び。そして最後に行き着く恍惚感。頭の遙か上から光が差してきたような感覚はいったい何だったのか。ブルックナーは苦手な私だが、気がついたら涙が出ていた。

ゲバントハウス管は弦はしっかりと鳴り、木管は透明感ある音色でそれに乗り。さらに金管は圧巻の響き。ドイツ音楽ってこの音よね~!と思わせてくれる。柔らかみがあって、厚みもあるのに音色には透明感がある。ちょっと他ではこういう響きは聞けない。ほんとにほんとに素晴らしかった!

そしてこの日は観客も素晴らしかった。ブル7の最後の音が鳴って余韻がホールに吸い込まれていき、ブロムシュテットさんがゆっくりと手を下ろしきるまで、拍手もブラボーも起こらなかった。あの静寂が永遠に続けば良いのにとさえ思った。おそらく客席全員がその思いを共有していた。ありがとう。

それにしてもブロムシュテットさん、90才とは思えない。椅子も使わず1時間を超すブルックナーを指揮し、何度も舞台袖から現れて最後まで疲れた様子も見せずにこやかに拍手に応えて下さった。20年くらい前からいつ見納めになるかと心配しているが、またいらしてほしいものだ。


ベートーヴェン : 交響曲全集 (Beethoven : The Complete Symphonies / Blomstedt | Gewandhausorchester) [5CD] [Live Recording] [輸入盤] [日本語帯・解説付]

ベートーヴェン : 交響曲全集 (Beethoven : The Complete Symphonies / Blomstedt | Gewandhausorchester) [5CD] [Live Recording] [輸入盤] [日本語帯・解説付]

  • アーティスト: ヘルベルト・ブロムシュテット,ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団,ベートーヴェン
  • 出版社/メーカー: accentus music / King International
  • 発売日: 2017/10/10
  • メディア: CD


このコンビでの最新盤。演奏会の感動冷めやらず、思わず購入。

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北斎とジャポニスム展 [美術]

国立西洋美術館
http://hokusai-japonisme.jp/index.html

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北斎の絵が印象派など19世紀末の西洋の画家に与えた影響を、北斎の絵と並べて展示することでわかりやすく見せる。
構図、北斎漫画などに見られる人物のポーズなど、元の北斎の絵と西洋画が並ぶと、ほほ~なるほど、と思う物から、中にはちょっとこじつけじゃない?と思う物までその影響度(と言うのか)はいろいろ。でも、モネやドガ、セザンヌなどそうそうたる画家達が北斎の真似(と言うと言葉が悪いが)をしたと思うと、やっぱり楽しい。

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葛飾北斎
《富嶽三十六景 東海道程ヶ谷》

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クロード・モネ
《陽を浴びるポプラ並木》

モネの絵だけを見てたときはなんとも思わなかったけど、並べて見るとなるほどね~。こういう木の見せ方って西洋にはなかったかも。

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北斎《北斎漫画》
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メアリー・カサット《青い肘掛け椅子に座る少女》
北斎が知られる以前は女の子は行儀良い姿勢で描かれていた、っていうんだけど、まあ似たポーズと言えばそうだけど、どうなんですかねこれは(笑)

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北斎《おしをくりはとうつうせんのづ》
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ジョルジュ・スーラ《尖ったオック岬、グランカン》
これなんかは、おお、こう来たか。スーラ凄い。って思ったけど。

いちばん、北斎の絵を咀嚼して自分流に取り入れてるな、と思ったのはアンリ・リヴィエールの版画集《エッフェル塔三十六景》。
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『エッフェル塔三十六景』より《XIX.アベス通りより》
富嶽三十六景のように、エッフェル塔を描きながら周りの風景が主だったりするのがとても北斎っぽかった。

絵だけでなく、陶器の図柄にも取り入れられたり、思った以上に北斎の絵が与えた影響は大きかったよう。北斎が知ったら喜んだだろうな。
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皇室の彩展 [美術]

東京藝大美術館
https://www.nhk-p.co.jp/event/detail.php?id=779

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東京藝術大学創立130周年記念特別展
「皇室の彩(いろどり) 百年前の文化プロジェクト」
大正から昭和初期にかけて、皇室のご即位やご成婚などの機会に当代選りすぐりの美術工芸家たちが技術の粋を尽くして献上品を制作した。個人の作品はもちろん、多数の工芸家がかかわったプロジェクトのような品もあった。
その多くは東京藝大の教授や卒業生であり、この展覧会は皇室に献上された後公開されることが少なかった品々を見せると共に、藝大の歴史を見せるものでもある。


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高村光雲《松樹鷹置物》大正13年 宮内庁三の丸尚蔵館蔵
生きているような鷹。これも良いけど、猿の彫刻も素晴らしかった。

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横山大観《日出処日本》昭和15年 宮内庁三の丸尚蔵館蔵
大観は富士の絵をたくさん描いている。これはとても大きくて、幅が3メートルくらいあったのでは。

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《御飾棚》鳳凰菊文様蒔絵(昭和天皇へ献上)昭和3年 宮内庁三の丸尚蔵館蔵
ご即位を祝う献上品。対になったもう一つは皇后への献上品。描かれた図柄が違う。がどちらも当時最高の技術で蒔絵、螺鈿などが施された。おそらく今では再現不可能な品。

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《二曲御屏風》(腰彫菊花文様)のうち右隻 昭和3年 宮内庁三の丸尚蔵館蔵
こちらも一つの屏風にいろんな人の作品を並べたもの。それも、絵や陶板、彫銀など様々な作品が一つに収められた。

こういった品々を作るのに芸大がプロジェクトを指導する役割を果たしていたのも興味深い。
現代の皇室にもこう言う物を献上することはあるのだろうか。時代が違っているからないのかな。こういった品を作ることで伝統技術が維持される面もあるのだろうから、廃れるには惜しい気もするが。。。



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鈴木春信展 [美術]

千葉市美術館

ボストン美術館所蔵の鈴木春信の浮世絵展。
春信は初期の色数の少なかった浮世絵が多色刷りの錦絵と発展する時期に活躍した。

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《桃の小枝を折り取る男女》中判錦絵2枚続 明和3年(1766)頃

春信の絵には、浮世絵でよくある吉原の花魁などを描いたものもあるが、目につくのは市井に生きる人たちの日常や、若い恋人達のの初々しい様子などだ。

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《子どもの獅子舞》中判錦絵 明和4-5年(1767-68)頃

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《見立玉虫 屋島の合戦》
中判錦絵2枚続のうち左 明和3-4年(1766-67)頃
2枚続きの右には弓矢を持った若者で那須与一の見立て。
見立てを読み解くには見る方も教養がないといけない。知的な遊び。昔の人は物知りだったんだな、と思うことがよくある。

遊びと言えば、錦絵の誕生には絵暦が深く関わっていた。春信も多く描いていた。

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《夕立》 中判錦絵 明和2年
洗濯物の中にこの年の大の月を示す数字が書かれている。こういうので大の月小の月がわかるなんて、粋というかお洒落というか。

錦絵と言っても春信の頃はまだ色数もそう多くなく、幕末の北斎や国芳のような極彩色とはずいぶん違う。でもそれがかえって品が良いというか、題材共々清楚な感じを受けて好ましい。

今回のはすべてボストンからの里帰りで、保存状態も良くてうっとり。なんか、浮世絵の展覧会ってこう言う里帰り物が多いんだよね。ちょっと複雑。

千葉美のは終わってしまったけど、名古屋に巡回中。http://harunobu.exhn.jp/index.html#header
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狩野元信展 [美術]

サントリー美術館
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2017_5/index.html

狩野元信(1477?~1559)は狩野派二代目にして、狩野派を天下の画家集団にした礎を築いたと言える画家。でもその実態はあまり知られておらず、あの永徳のお祖父さんと言った方がわかりやすい。
一門で工房制作をしやすくするために中国絵画の技法を整理して「真・行・草」体とし、さらに父の正信から学んだ漢画に加えて、やまと絵の技法も取り入れて幅を広げた。画家としての才能はもちろん、総合プロデューサーの能力に長けた人だったのだろう。

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重要文化財 四季花鳥図 狩野元信筆 八幅のうち四幅 室町時代 16世紀 京都・大仙院
華麗な花鳥と、岩などの力強い描写は江戸時代まで続く狩野派の特長の一つ。既に元信の時に確立されていたんだな。

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重要文化財 酒伝童子絵巻 画/狩野元信
こちらはガラッと違うやまと絵風の絵巻。色彩豊かな世界も自分の物にしている、いわば両刀使いの凄腕。

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白衣観音像 狩野元信
ボストン美術館から里帰りした今回の目玉の一つ。襞の線描の美しさ、目を引く衣の白さだけでなく、頭部の飾りの色使いも繊細で美しい。

元信本人の作品だけでなく、手本とした南宋などの中国絵画もあり、また障壁画などの大作から扇面などの小品まで、サイズも種類も豊富に元信の全貌に迫る。永徳や探幽らに比べて正直言って知名度は劣るが、さすがは一派の祖とも呼ばれるだけのことはある。見応え十分な展覧会。
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極付印度伝   マハーバーラタ戦記(まはーばーらたせんき) [舞台]

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インド歌舞伎?マハーバーラタ?なんじゃそりゃあ。と聞いた時はぶったまげた。菊ちゃん、「十二夜」もやったし、意外と新作好き?正直恐る恐る見に行った。


極付印度伝
マハーバーラタ戦記(まはーばーらたせんき)
迦楼奈(かるな)・シヴァ神(しん) = 尾上菊之助(5代目)
汲手姫(くんてぃひめ) = 中村時蔵(5代目)
帝釈天(たいしゃくてん) = 中村鴈治郎(4代目)
鶴妖朶王女(づるようだおうじょ) = 中村七之助(2代目)
百合守良王子(ゆりしゅらおうじ)・多聞天(たもんてん) = 坂東彦三郎(9代目)
風韋摩王子(びーまおうじ) = 坂東亀蔵(3代目)
阿龍樹雷王子(あるじゅらおうじ)・梵天(ぼんてん) = 尾上松也(2代目)
汲手姫(くんてぃひめ)・森鬼飛(しきんび) = 中村梅枝(4代目)
納倉王子(なくらおうじ)・我斗風鬼写(がとうきちゃ) = 中村萬太郎(初代)
沙羽出葉王子(さはでばおうじ) = 中村種之助(初代)
弗機美姫(どるはたびひめ) = 中村児太郎(6代目)
森鬼獏(しきんば) = 尾上菊市郎(初代)
拉南(らーな) = 市村橘太郎
道不奢早無王子(どうふしゃさなおうじ) = 片岡亀蔵(4代目)
修験者破流可判(はるかばん) = 河原崎権十郎(4代目)
亜照楽多(あでぃらた) = 坂東秀調(5代目)
羅陀(らーだー) = 市村萬次郎(2代目)
弗機王(どるはたおう)・行者 = 市川團蔵(9代目)
大黒天(だいこくてん) = 坂東楽善(初代)
太陽神(たいようしん) = 市川左團次(4代目)
那羅延天(ならえんてん)・仙人久理修那(くりしゅな) = 尾上菊五郎(7代目)

幕開き、天上の神々が集う場面は忠臣蔵の大序の趣。だんだんと神々が目を覚ます。この神様の衣装がみんな金色の輝くようなもので度肝を抜かれた。しかも膨らんだスカートみたいなデザインだし。ええ~、全編こんな感じなのかな。と思ったら、次の場面から、地上の人間世界の人々は古典歌舞伎風の着物の衣装で区別をつける。

とにかくストーリーが全く知識がないため、1回目に見た時は筋に追われる部分も多々ありだったが、展開が面白く飽きさせない。また何度かある立ち回りも大がかりでスピーディ。特に終幕の馬車を使った菊之助と松也の対決は手に汗握る。
舞台装置そのものは意外にシンプルで、大きな屏風絵風の背景画が見事で簡潔ながら場面の雰囲気を出す。
さらに音楽が、純歌舞伎の黒御簾音楽や竹本に加えて、シロフォンや太鼓などの西洋楽器を使った音楽が使われて、それが不思議によくなじんで美しかった。

菊之助扮するカルナは悩める青年の趣。戦を止める使命を持って生まれたのに、いつの間にか一方の側に加担し、安易に誓った友情に縛られる。根が真っ直ぐで清潔そのもの故にジレンマに陥っていく貴公子がぴったり。力強い六法に立ち回りもあって、すっかり立役。女形の菊ちゃん好きな私はちょっと複雑(苦笑)。

対決するのは松也のアルジュラ王子。物語では「力で物事を解決しようとする」人物となっているけど、見ている限りもっと知性もあり、しっかりした人物に見えたけど。カルナと宿命のライバルで、でも実は異父兄弟で、と言う役回りで、菊ちゃんと対峙してしっかり引けを取らなかったのは立派。このところ外部出演も多かったけど、歌舞伎役者としても成長を感じられてうれしい。

七之助が松也ら五王子と対立するヅルヨウダ。従兄弟である五王子に憎しみを抱き、冷酷に卑劣な手段を使っても追い落とそうとする強い王女。七之助はこう言う強さを持った女がうまい。そしてその強さの一方で、決戦を前に本心を吐露する姿が孤独の影をまとい悲しい。キレッキレの立ち回りに壮絶な最期まで見せて場をさらう。

その他いちいち上げてたらきりがないが、他の人も適材適所でそれぞれ見せ場があり充実。
中でも坂東亀蔵は梅枝との所作事もあれば、七之助との立ち回りもあり大いに活躍。

中心は菊之助以下の若い役者だが、菊五郎他ベテランが要所要所を締めて存在感を見せる。この若手とベテランのバランスが良くて、新作にありがちな上滑り感が少なく、古典歌舞伎のような味わいもあり、新作苦手な私のような者も十分楽しめた。
是非再演してほしい。
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